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(9日、陸上・日本学生対校選手権 男子100メートル決勝)

 正式タイム「9秒98」が表示された瞬間、桐生は専属トレーナーの後藤勤さんに駆け寄って抱き合い、メインスタンドの前へ跳びはねていった。後藤さんら桐生を支えてきた人は、みな泣いていた。「思うようにいかないとき、泣く僕を周りの人が励ましてくれた。でも今日は僕が笑顔でみんなが泣いて。それがうれしかった」

 京都・洛南高3年だった4年前に10秒01を出してから日本陸上界を背負ってきた男は、6月から7月にかけて失意のどん底にいた。

 6月の日本選手権男子100メートルで、サニブラウン・ハキーム(東京陸協)、多田修平(関西学院大)、ケンブリッジ飛鳥(ナイキ)に次ぐ4位。新勢力のあおりを受け、8月のロンドン世界選手権は個人種目での代表を逃した。まさか、の思いが強く、その後の練習は上の空。だが7月のある日、3時間以上も延々と50メートルを走り続けた。照りつける太陽の下、がむしゃらに走って失意を吹っきった。

 ロンドンで、桐生は同じくリレーのみの出場だった藤光謙司(ゼンリン)と100メートルのレースを観戦した。藤光は振り返る。「隣の桐生から、ふつふつと燃えるものが伝わってきた」

 銅メダルを獲得したリレーで左の太もも裏を痛め、満足な練習はできなかった。それでも、東洋大のユニホームで臨む最後の100メートルに向け、気持ちをつくって福井へ来た。「ここで負けたら負け癖がつく」。無心で駆けた先に、9秒台の扉は開かれた。

 高3で10秒01を出した日から1594日間背負い続けてきた重荷を、ようやく下ろした。「やっと世界のスタートラインに立てた。このタイムに甘えることなく練習していきます」

 心が折れ、泣いた日もコーチにキレた日もあった。ただ「最初に9秒台を出す」との思いは捨てなかったから、この日が来た。9月9日、桐生に持ち味のやんちゃな笑顔が戻った。(篠原大輔)