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■1977年・決勝

 東洋大姫路の左腕松本は七~九回に毎回走者を出しながら無失点に抑える。積み重なった被安打は甲子園5試合目で最多の10。それでも二回の1失点のみに抑えていたのだから、さすがだ。

 NHKのテレビ解説を務めていた松永怜一(当時住友金属監督)は再三、松本が本調子でないこと、その原因として前日の今治西戦で左ひざに打球を受けたことに言及していた。ただ、松本は「左ひざの影響は全然なかった」と言い切る。それでも体がバリバリに張っていて、決勝前はキャッチボールだけでマウンドに上がるほどの疲労感があった。「一回から7、8分の感じで投げていました」

 左腕のギアが上がったのが十回…

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