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 防衛省で11日、同省・自衛隊幹部を集めた「自衛隊高級幹部会同」が開かれた。今年は2007年に旧防衛庁から防衛省へと昇格して10年の節目。省として存在感を高めた一方、文民統制のあり方や大臣の資質などが問われ続けてきた10年だった。

 「安全保障政策を立て直す。この信念から10年前、防衛省を設置した」。安倍晋三首相は訓示で、制服組(自衛官)、背広組(文官)幹部ら170人を前に述べた。

 壇上には、小池百合子東京都知事(第2代)や石破茂元幹事長(第4代)ら歴代防衛相8人がずらりと並んだ。南スーダン日報問題で7月末に辞任した稲田朋美氏は欠席した。

 防衛庁は07年1月9日、「防衛省」へと衣替えした。当時は、第1次安倍政権。この年の夏、安倍氏が防衛相に抜擢(ばってき)したのが小池氏だった。防衛庁長官時代を通じて、初の女性トップ。世論へのアピールが得意な小池氏らしく、記者会見時の背景となる無地のカーテンを「防衛省」の文字入りボードに変更。当時、小池氏周辺にいた防衛省職員は「省としての存在感が高まるのを感じた」と振り返る。

 だが、小池氏は省昇格の立役者である大物防衛事務次官の守屋武昌氏と衝突。両者の対立で省内は混乱に陥った。

 防衛庁長官を経験し、防衛政策の「専門家」とされる石破氏は07年9月、福田政権で防衛相に就任。在任中、補給燃料がイラク攻撃に参加する米軍艦艇に転用されていた疑惑が浮上。さらに海自イージス艦と漁船の衝突事故が発生するなど、省内に大量の処分者を出した。

 日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、防衛相には専門的な知識や対応が求められるようになった。失言や大臣の適格性を問われて「短命」に終わった防衛相も少なくなく、10年間で大臣の座についたのは、延べ17人に上る。

 久間章生氏(初代)は長崎への…

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