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 徳島県南部で多数の死者を出した1512年の「永正(えいしょう)津波」は、海底の地滑りが原因で局地的に起きた可能性が高い――。徳島大などの研究グループが、そんな調査結果をまとめた。15日から茨城県つくば市で開かれる歴史地震研究会で発表する。

 永正津波の死者は、一説には約3700人とされる。ただ、南海トラフ沿いのほかの地域では大津波の記録が見つかっていないことから、「謎の大津波」とされてきた。徳島大の馬場俊孝教授(地震学)らは、古文書「震潮記」の記述などから、海岸から約500メートルの家屋が流され、津波による浸水の深さは2メートル以上と推定した。

 馬場さんらは海底地形図を調べ、徳島県南部の宍喰(ししくい)地区(同県海陽町)の24キロ沖に幅約6キロ、高さ約400メートルの崖があることに注目。昨年、海洋研究開発機構などと共同で、音波探査によって海底の地形を詳しく調べた。その結果、この巨大な崖は海底地滑りでできたとみられることが判明した。

 一般に大きな津波は、強い揺れを伴う地震とセットで起こると考えられがちだ。しかし、海底地滑りは小さな地震がきっかけでも発生する可能性があるという。馬場さんは「揺れは小さくても大きな津波が来る可能性があり、今後も注意が必要だ」と話している。(編集委員・瀬川茂子)