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■新聞週間2017 アメリカ、トランプ王国を追う

 2年前の秋、トランプが2016年の米大統領選に勝つとの確信は、正直なかった。でも、その頃からトランプの支持者の取材にのめり込み始めた。

 なぜ?

 どんな取材をしたの?

 よくこんな風に聞かれる。なんてことはない作業の積み重ねだが、その一端を紹介したい。

     ◇

 15年秋、おそらく世界中の人々が首をかしげていた。トランプが、なぜ世論調査で首位なのか――。移民や女性、身体障害者、イスラム教徒らへの侮蔑的な言動で注目を集めていたトランプは、主要メディアでは「泡沫(ほうまつ)候補」扱い。それなのに全米支持率は共和党候補者のなかでトップを独走していた。

 ニューヨークで支持者を探しても見つからない。それどころか「米国の恥だ」「差別主義者が支持しているだけだ」と憎悪の対象になっていた。

 しかし地方では違った。南部テキサス州の田舎町のトランプ集会に行った時のことだ。

 飛行機で乗り合わせた米大手メディアのトランプ番記者に、「お前、トランプをどう思う?」と聞かれた。私が「見ている分には面白いが、すぐに脱落すると思う」と答えると、「分かってないな」と番記者。彼は言い切った。「他の候補の集会と規模も熱気も違う。ハッキリ言う。トランプが共和党候補になる」

 会場では、支持者の熱気に圧倒された。集会後に話を聞くと、せきを切ったように不満が噴き出した。中南米からの移民が増えてスペイン語が当たり前になった社会、中流階級(ミドルクラス)から脱落する恐怖におびえる白人たち――。理屈よりも、そうした彼らの情念が沸騰していた。

 地方取材への関心が膨らんだ。とはいえ、平日は国連創設70年企画や、北朝鮮を巡る国連取材が忙しく、出張に出られそうにない。

 そこで、冬休みに旅行することにした。その年の12月下旬、マンハッタンで車を借り、ペンシルベニアとオハイオ両州を回った。ダイナー(食堂)、ガソリンスタンド、バー、食料品店で地元の人に片っ端から声をかけた。妻も同行してくれたので、あまり警戒されなかった(と思う)。

 多くの支持者に出会い、手応えを得た。継続取材の拠点は、大みそかと正月を過ごした中西部オハイオ州のヤングスタウンに決めた。製鉄業や製造業などが廃れた「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」の代表的な街だ。①ニューヨークから車で約7時間と比較的近く、通いやすい②トランプが製造業の海外流出を批判し、この地域を狙っていた③同州が近年の大統領選でカギを握ってきた、ことが主な理由だ。

 よく「トランプが負けたら取材がパーだったね」と言われるが、私はそうは思っていなかった。仮に負けても、熱烈な支持を地方に広げた選挙運動のルポを書く。支持者の姿を通して米社会の今を描きたいと思っていた。

 私はもともと、社会部記者。どの任地でも労働者の取材を好んでやってきた。労働現場を支える日系ブラジル人、偽装請負の被害者、空き缶や雑誌を拾い集めて暮らすホームレス、町工場の経営者、納品時間に追われ車内でペットボトルに小便するトラック運転手……。ラストベルトで労働者の声を聞くのは、今振り返れば、その続きだった。

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 取材用ベストには七つのポケットがある。①ノート+カメラレンズ②ペン③録音機④小銭⑤たばこ⑥名刺の束、と何となく分類している。

 残りの一つは、⑦小道具用だ。会話のきっかけになるものを入れる。うけたのは日本のたばこ「ピース」と菓子「ハイチュウ」。初対面の人とバーカウンターで隣になった時や、集会で支持者がたばこを吸っている時など「日本のたばこどう?」と声を掛ける。ハイチュウは老若男女が喜ぶ。

 本音に出合うのは、飲み屋。最初は取材相手と一緒に行って経営者と顔見知りになり、自分も通う。白人ばかりの飲み屋に、突然やってきたアジア人。みんな覚えてくれる。

 取材はゆっくり。聞きたいことは我慢し、まずは相手が言いたいことを聞く。多くの人は仕事の誇りを話し、次第に「必死に働いているのに暮らしが楽にならない」「長期休暇に旅行にも出られない」「ミドルクラスから転落しそうだ」と不満や不安を語った。

 必ずと言っていいほど、酒はおごられる。ありがたく、うまそうに飲み干す。次回はおごり返す。私が常連客をまねして「カウンターの全員におごる」とポケットから20ドル紙幣を出すと、みんな大喜び。そんな人たちだ。

 知り合った人にはなるべく連絡を入れる。自宅にもお邪魔し、家族と仲良くなる。交際相手を紹介され、後で「あの男でいいと思うか」と聞かれれば、何時間でも相談に乗った。

 誕生日会、自宅バーベキューはもちろん、20年ぶりの高校同窓会や、娘さんの卒業式、友人の裁判にも同行した。やっと彼らの日常が見えてきた。映画やドラマの舞台になる大都会ニューヨークやロサンゼルスとは違う、もう一つのアメリカが広がっていた。

 米国での取材はどうしても運転時間が長くなる。暇なので録音した彼らの言葉を聞き直す。やがて、その言葉が、日本での取材で聞いてきた言葉と似ていることに気付いた。グローバル化と技術革新が進む世界で、先進国に生きるミドルクラス。そう捉えたとき、いろんなものが日米で陸続きに見えるようになった。

 この原稿を書いているとオハイオの支持者から電話が入った。ハリケーン被害を受けた南部テキサス州まで大型トラックで支援物資を届けに行くので「お前も一緒に来い」と。

 自分たちの暮らしも楽ではないのに仕事を休んで行くという。トランプは、そんな支持者の期待に応えられるのだろうか。「トランプ王国」の今後への興味は尽きない。=敬称略(ニューヨーク=金成隆一

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