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■重力波の観測でノーベル賞を受賞するレイナ-・ワイスさん(85)

 レーザーと反射鏡を用いた装置の試作と改良に半生を捧げ、米国のレーザー干渉計重力波天文台(LIGO〈ライゴ〉)の基礎を築き、アインシュタインが予言した重力波の観測を成功に導いた。

 1932年、ベルリン生まれ。6歳の時、ヒトラーによる迫害から逃れるため、ユダヤ人の親と隣国チェコスロバキアに渡った。

 山間のホテルに泊まったとき、フロントのラジオが、ナチスと対立する英国のチェンバレン首相の演説を流していた。戦争回避のため、チェコの一部をドイツに割譲することを認めるという。青ざめる両親をよそに、木製の大きなラジオの中の真空管に目が釘付けになった。「生まれて初めて見るピカピカの部品が並んでいた」

 追われるように両親とニューヨークへ。終戦後、戦地から回収され、分解された兵器の電子部品を使って、ラジオ修理の商売を始める。13歳のときだ。

 そんな無類のメカ好きが研究に生きた。重力波というと難解なイメージだが、「観測できたのは、モノ作りが大好きな人間たちがチームに集まったから」。

 日本にも思い入れがある。28年ほど前、博士研究員として日本から単身、チームに飛び込んだ川村静児さん(現・東大宇宙線研究所教授)を「君の仕事はいつもエレガント」と励まし続けた。川村さんはLIGOの性能を1千倍以上に引き上げる成果を出し、プロジェクトに大型予算がつくきっかけを作った。「彼はLIGOの重要人物」と、いまも最大の賛辞を送る。

 ノーベル賞の話題は苦手だ。功罪あるから。「研究者に無用の競争を強いている。研究の原点は協力と、科学を楽しむ心」。そう信じている。(嘉幡久敬