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 いま、世界各地でテロが相次いでいる。中東、欧州、アジア……。そのたびに、イスラム教の名のもとに過激な組織の関わりが取りざたされる。しかし、宗教は人々の幸せのためにあるのではないか。教えとテロはどう関連しているのだろう。一方で、キリスト教や仏教は暴力とは無縁なのか――。連続シンポジウム第2回のテーマは「宗教と暴力」。当日の様子をお伝えします。

第1部 池上彰さん×佐藤優さん対談

 政治や経済など様々なニュースを解説する池上彰さんは、宗教にも強い関心を持っている。今回のテーマ「宗教と暴力」について、問題の核心をこう指摘した。

 「宗教は本来、平和的なものであって、人々の幸せを願うものです。でも、宗教にも実は非常に危険な面もあります」

 池上さんは、一般的には平和的なイメージの仏教にも危うい一面があると見る。例えばベトナム戦争中には、南ベトナムの僧侶らが次々と政府に対する抗議の焼身自殺をした。チベットでも、中国政府による弾圧に対して焼身自殺する僧侶らが後を絶たない。

 池上さんは、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世にインタビューしたことがある。焼身自殺のような「自らへの暴力」は仏教で認められるのですか、と質問した。するとダライ・ラマは「慈悲の立場からの行為であれば一概には否定できない」と答えたという。

 「仏教にもある意味、危ない要素があるのだな、と思いました。それも含めた宗教理解が必要なんですね」

 平和を祈りつつ、時に暴力を容認する――。一つの宗教の中にさえ、矛盾するようにも見える論理がある。それだけに宗教と暴力の関係は難しい。

 遠い国の問題だけではない。池上さんは、日本で1980~90年代に起きたオウム真理教による一連の事件を例に挙げた。

 「いまの若い方はご存じないと思いますけど、オウム真理教は『ポアする』という言い方をしました。具体的には、殺す、ということです。『相手をより高い世界に上げるためだ』『殺してあげることがその人のためになる』という理論を打ち出したわけです」

 いま、シリアやイラクで問題となっている過激派組織「イスラム国」(IS)も議論になった。ISに影響を受けたと見られるテロは欧州などでも相次いでいる。池上さんは、イスラム法に基づく統治についての書物の中に、暴力を肯定するようにも読める一節があることを紹介した。

 これについてキリスト教徒である佐藤優さんは「どの宗教の中にもそういった側面はあります」と述べ、論点整理を試みる。紹介したのはエキュメニズム(教会一致運動)という言葉。他の教派や諸宗教との対話や共存を目ざすキリスト教の潮流だ。

 「それを尊重する人に対して、自分たちの『原理』に固執する狭い考えの人がいます。仏教にも神道にもイスラム教にもその両方がいる」

 「そして後者の中のごく一部に、暴力を使って他者に自分たちの思想を強要したり、他者を排除しても構わないと考えたりする人たちがいるわけです。彼らには自分の命を捨てる覚悟がある。すると、他者の命を奪うことへのハードルが低くなる。ISもそうです」

 佐藤さんは「重要なのは、政治的な言説と物事の本当の姿を混同しないことです」と語りかけた。

 「『イスラムは危険な宗教だ』というのは論外。風説の類いです。他方、宗教がテロリズムとまったく関係ないかと言えば、そんなことはない」

 「我々は合理主義、生命至上主義、個人主義という三つのルールの中で生きています。しかしISの『聖戦に参加しないか。(死ねば)永遠に生きられるぞ』という論理は、一部の人には説得力を持ってしまう。生命至上主義と個人主義を超えているわけです。我々からすれば荒唐無稽に見えるかもしれませんが」

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 いけがみ・あきら ジャーナリスト。名城大学教授、東京工業大学特命教授。1950年生まれ。

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 さとう・まさる 作家。元外務省主任分析官。同志社大学神学部客員教授。1960年生まれ。

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連続シンポジウム「激動する世界と宗教――私たちの現在地」

 第2回「宗教と暴力」

 ▽9月23日、東京・有楽町朝日ホール

 ▽角川文化振興財団主催、朝日新聞社・KADOKAWA共催

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 ▽連続シンポの第3回「宗教と生命(いのち)」は来年3月21日に開催します。詳細はホームページ(http://www.asahi-sympo.com/shuukyo/別ウインドウで開きます)で。

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