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 大阪と名古屋を結ぶ近畿日本鉄道の特急が8日、運行開始から70年を迎える。私鉄初の有料特急として出発し、先進的な取り組みで知られてきた。今後もサービスを磨き続けられるか。

 1947年、大阪・上本町と名古屋間を1日2往復で運行を始めた近鉄特急。当初は4時間3分かかったが、いまや2時間強で結ぶ。その歴史は、数々の「初めて」に彩られる。

 物資が不足し、壊れたガラスが直せない列車が多いなか、きれいな窓ガラスを設置。私鉄初の座席定員制も採用し、51年には車内でおしぼりサービスを始め、「おしぼり」が近鉄特急の代名詞となった。日本で初めて公衆電話を備え、座席にシートラジオをつけたのも近鉄特急だ。高速電車としては世界初の2階建て列車を走らせた。コンピューターによる座席予約システムも私鉄で初導入した。

 「挑戦の70年だった」。近鉄の和田林道宜(わだばやしみちよし)社長は語る。「いまで言うIT企業のようで、他社より新しいことを先にやらなければという思いがあった」

 一方、危機も相次いだ。大阪と名古屋を結ぶ名阪特急は当初、伊勢中川駅(三重県松阪市)での乗り換えが必要だった。同駅を境に線路幅が違うためで、幅をそろえる工事が計画されていた矢先、59年の伊勢湾台風が直撃。1カ月以上も運行できなかった。

 乗り換えなしで便利にしたものの、東海道新幹線の開業で客足が激減した。新幹線の所要時間は40分以上短い1時間半。年200万人以上あった名阪特急の乗客は、100万人を割り込んだ。速さでは太刀打ちできずに「新幹線から沿線に乗客を呼び込む」(和田林社長)戦略に転換した。京都や奈良、三重など近畿各地への特急網を充実させ、郊外からの足となった。危機をチャンスにかえてきた。全特急の70年間の利用者数は延べ約15億人を数える。

■利用者減、特急拡充で収…

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