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■新聞週間2017 チューリップテレビ

 富山の小さな民放テレビ局の調査報道がきっかけで、今年春までに、不正に政務活動費を得ていた14人もの富山市議が相次いで辞職に追い込まれた。地道な取材の積み重ねが眠っていた不正を掘り起こした。

 2016年7月中旬、チューリップテレビ報道制作局記者の砂沢智史(38)とデスクの宮城(みやき)克文(43)は、富山市議40人の2013年度分の政活費伝票約4300枚と格闘していた。

 富山市では同年6月、議員報酬を60万円から70万円に引き上げる条例が、ごく短期間の議論で可決された。「議員は何にお金を使っているのか」。浮かんだ疑問の答えを探すため、砂沢らは過去3年分の政活費の伝票を情報公開請求し、調べてみることにしたのだ。同局がこうした政活費をめぐる調査報道に取り組むのは初めて。通常の勤務を終えた午後8時過ぎから日付を越えるまで、書類をめくる日々が続いた。そんな中、整った文字が並ぶ政活費の支出伝票を見ながら、砂沢はある市議の伝票に違和感を抱いた。

 「市政報告会の回数があまりに多くないか」。自民党の実力者で、「ドン」と呼ばれる市議(当時)のものだった。14人の「辞職ドミノ」への流れを作ったのは、この伝票に隠された不正だった。

 仮に否定されても動かない証拠を求め、砂沢と宮城の裏取り取材が始まった。約2週間、これといった確証をつかめず、行き詰まりを感じ始めたころ宮城の携帯が鳴った。旧知の取材相手からの電話だった。

 「自民市議が白紙の領収書を使っている」。電話の主が伝えたのは「ドン」の名前だった。メモをとる宮城の背筋が伸びた。伝票を絞り込むと、書類上、13年度に市政報告会を8回開き、受け取った政活費は100万円超。しかし、市議が報告会を開いたとした市立公民館の使用記録を情報公開請求で入手すると開催記録はなかった。

 「間違いない」。二人の疑いは確信に変わった。

     ◇

 約1カ月後の8月18日、砂沢と宮城は市議を直撃し、「市政報告会が開催された形跡がない」と疑問をぶつけた。市議は「場所が変わっただけで、報告会は開いた。資料の印刷もしている」と説明したが、場所を変更したという料理店に砂沢らが確認すると、経営者は「会合は入ってない」。何度も念を押して確認し、砂沢は「言い分を突き崩せた」と確信した。

 翌19日。最終確認を終え、夕方の「ニュース6」で「市議が申請とは異なる内容で政活費を受け取っていた」というスクープを報じた。市議は同月30日に辞職し、31日の記者会見で市政報告会で配ったとする印刷物の架空発注も認めた。営業などを経て、記者2年目だった砂沢は「取材を一歩一歩進めたことが100%になった」と感じた。

 チューリップテレビのスクープ後、朝日新聞など各紙やNHK、民放各局も次々に別の市議の疑惑を報じた。地元紙の北日本新聞は後に17年度の新聞協会賞を受賞するキャンペーン「民意と歩む」を展開した。

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 小所帯のチューリップテレビでは、アナウンサーや時短勤務の職員も含め、報道制作に関わる約20人全員が取材に参加した。14年入社のアナウンサー谷口菜月(26)もその一人だ。

 谷口は、別の市議がやはり市政報告会を開かず、政活費を得ていた疑惑の裏取りに当たった。調査報道は初めて。裏付け書類はまだなく、証言を得られるかが焦点だった。報告会があったとされた市の地区センターを訪れ、警戒されないよう笑顔で雑談しながら、報告会が開かれていないことを聞き出した。「議員の辞職がかかる白か黒かという取材は初めて。『よしっ』と思った」という一方、市議らが会見で正直に話す姿に「報じられる側の人間性も伝わる報道を心がけたい」とも感じた。

 今年3月までに民進系も含め、計14市議が辞職する前代未聞の事態に発展したが、宮城の胸に高揚感はなかった。

 富山県は保守王国。最初に辞職したドンの自民市議をはじめ、スポンサーなどの形でテレビ局とのつながりもありプレッシャーも予想された。報道制作局長の服部寿人は「心配せずに取材しろ」と励まし続けた。

 不安を払拭(ふっしょく)できた背景には、放送直後からメールや電話で続々と届いた視聴者の激励があった。宮城は「視聴者の後押しがあれば、不利益を受けた側が『圧力』をかけたくてもかけにくい雰囲気が生まれると思う」と言い、続けた。「悪いやつがいる、という『捕物帳(とりものちょう)』は反響があるが、議員の辞職を目的に取り組んだわけではなく、疑問に思ったことを問い続けた結果だ。本当に問われるのはこれから。地道に権力監視を続けます」。一連の報道は日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞、第65回菊池寛賞を受賞した。(小林恵士

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