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 人類の歴史は、感染症との闘いの連続であったと言っても過言ではありません。

 感染症を撲滅するため、先人たちは、下水や上水道の整備、住宅環境の改善、予防接種の普及、抗菌薬の開発など、たゆまぬ努力を続けてきました。その結果、20世紀半ばには結核や肺炎などの感染症で死亡する人は急激に減少しました。1960年代には、専門家が「人類は感染症に勝利した」と錯覚したこともありました。

 しかし、そう思えたのも、つかの間のことでした。

 エイズ、プリオン病、SARS(重症急性呼吸器症候群)、新型インフルエンザ、MERS(中東呼吸器症候群)、エボラウイルス感染症など、たくさんの新たな感染症が出現しています。感染症との闘いは、勝利には程遠い状況と言えるでしょう。

 これまでに唯一勝利を収めたと言えるのは、天然痘との闘いです。

 天然痘は、天然痘ウイルスによって引き起こされます。ヒトにしか感染せず、ヒトからヒトへ飛沫(ひまつ)を介して感染します。1~2週間の潜伏期の後、急激な発熱や頭痛、関節痛で発症し、数日たつと発疹が出現します。発疹は水疱(すいほう)性となり、やがて水疱が化膿(かのう)して膿液がたまった膿疱(のうほう)となり、かさぶたへと変化します。助かる場合には2~3週間で回復しますが、死亡率は20~50%に達します。

 発疹のあとが「あばた」として残るため、江戸時代には「見目定(みめさだ)め(見た目を悪くしてしまうこと)」と言われました。天然痘の流行は古代エジプトでもあったという人もいますが、確証はありません。

 しかし、少なくとも16世紀のヨーロッパではすでに猛威を振るっていて、当時子供を中心に多くの人々の命をさらっていました。さらに、流行地のヨーロッパから中南米に持ち込まれると、感染は爆発的に拡大し、人口が激減したとされています。アステカ帝国やインカ帝国が滅んだのは、侵略者との戦いもさることながら、ヨーロッパから持ち込まれた、天然痘などの新しい感染症の影響が大きかったようです。

 1796年、イギリスの田舎で開業していたジェンナーは、「牛がかかる牛痘に感染した農民は天然痘にかからない」という言い伝えにヒントを得て、ある少年の皮膚に傷をつけて牛痘にかかった農民の発疹の膿(うみ)をすり込みました。その後数十例の症例を重ねて効果を確認し、1797年にその成果を発表しました。

 実は、「種痘」はジェンナー以前にも農村で行われていたようですが、きちんと検証して世の中に認めさせたのは、やはりジェンナーの功績と言えるでしょう。

 この種痘に使われた膿は、今でいえばワクチンにあたります。ヒトからヒトへ接種して引き継がれたワクチンは、1848年に日本にもたらされ、全国に普及していきます。

 1956年以降、日本国内で天然痘の発生はなく、世界的にも77年のソマリア人が最後の感染者になりました。WHOは80年に天然痘撲滅宣言を行いました。

 種痘は日本や米国、カナダでは実質的には72年に乳児への接種が中止され、その後、日本では80年に法律で廃止されています。

<アピタル:弘前大学企画・今こそ知りたい! 感染症の予防と治療>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/hirosaki/

(弘前大学大学院医学研究科臨床検査医学講座教授 萱場広之)