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 日本放送協会(NHK)の記者で、4年前に過労死した佐戸(さど)未和(みわ)さん(当時31)の両親は5日、代理人の弁護士を通じてコメントを出した。(一部で読点を加えたり、漢字をひらがなに直したりしています)

1.未和が急死して4年がたちましたが、私たち夫婦は、未和の過労死についてNHKの中できちんとけじめがつけられていないと考えていました。NHKの記者であることに誇りと愛着を持ち、職責を全うして倒れた未和の足跡が何も残らず、過労死の事実も社内に伏せられたままでは、いずれ風化し葬りさられるのではないかという危機感があります。

 我が家には毎年、未和の命日(7月24日)の前後にかけて、未和と親交があった多くのNHKの同僚の方々が焼香にお見えになりますが、その方々から未和の過労死の事実がきちんと社内に警鐘として伝えられていない、NHK内部で進められている働き方の改善や制度改革の背景に何があったのか共有も伝承も出来ていない、という声を聞きました。NHK内部では初めての記者の過労死であり、このまま社員にも伏せ続けるつもりなのか、また組合も過労死に対して沈黙しているのはどうしてなのか、疑念は膨らむばかりでした。

 過労死ラインをはるかに超える長時間労働がなぜ防げなかったのか、過労死の発生に対して誰か責任をとっているのか、しっかりと自己検証した上で働き方改革が進められているのか、問いたいことはたくさんありますが、未和の過労死がNHKの働き方改革推進の礎になっていることをNHKの社員の皆さんには知って欲しい、それが未和がNHKで働いてきた証しとなり、社内での過労死の再発防止にもつながると思うようになりました。

 電通事件をはじめ長時間労働による過労死問題については、社会の目は厳しくなっており、社会の木鐸(ぼくたく)として、NHKの果たす役割は大きいものがあります。NHKで過労死関係のニュースや番組製作・放送の現場で取材や編集や解説に携わっている方々が、当のNHKの社内で過労死が発生している事実さえ知らない状況であり、自らの襟を正して報道の任にあたって欲しいと思います。毎年、未和の命日にはNHKの幹部の方が焼香に見えていましたが、今年はこちらから連絡するまで音沙汰がありませんでした。

 未和の過労死について、社内への周知が私たちの本意であり、社外への公表はNHK自身で最終的に判断されたものと私たちは考えています。

2.未和が亡くなった2013年7月24日当時、私たちは仕事でブラジルのサンパウロに駐在していました。任期もあと1カ月で終わり、帰国を控えていた矢先の未和の訃報(ふほう)でした。かけがえのない愛する娘を突然失った喪失感と、悲しみと苦しみにのたうちまわるような日々を過ごしました。

 私たちは現地から未和とはメールや電話で近況をよく連絡しあっていましたが、6月26日の未和の誕生日に送ったメールに対して、今までめったに弱音を吐いたり泣き言をいったりしなかった未和が、初めて弱気になっているメールを返してきました。

 後日、NHKから入手した未和の勤務記録表に記載されている当時の労働時間と照らし合わせると、ヘトヘトになっていたことがよくわかりました。平成25年の夏の都議選、参院選と休む間もない取材活動では、未和は都庁クラブで一番の若手であり、独身で身軽なため、それこそ寝る間もおしんで駆け回っていたようです。

 待った無しの選挙取材で時間に歯止めは無く、土日もほとんど休めず、連日深夜まで働くような異常な勤務状態であり、どうしてこんな状況が見過ごされていたのか私たちには理解出来ません。記者は当時みなし労働時間制ということで、適切な労務管理が行われず、過労死ラインをはるかに超える長時間労働が放置されていたと思わざるを得ません。

 未和の過労死については、NHKは労基署からの法律違反の指摘はなかったというスタンスですが、再発防止の観点からもこのような考えはあらためていただきたいと思います。