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 昨年のリオデジャネイロ五輪柔道女子70キロ級で金メダルを獲得し、4日に引退を発表した田知本遥(27)=ALSOK=が10日、東京都内で引退会見を開き、「2度の五輪を経験して、それぞれ違った角度で勝敗を捉え、考えさせられたことは人生で最大の経験となりました。今度はこの経験を次のステップに生かしていきたいという気持ちが強くなりました」と話した。

 当面はALSOKに所属しながら、今春入学した筑波大大学院での研究を続けるという。

思い出に残る14年の講道館杯

 会見での主なやりとりは次のとおり。

 ――引退を決断したきっかけは。

 正式に会社に話をしたのは9月ごろ。実戦復帰した6月、(地元の)富山で行われた全日本実業団体対抗大会での試合直後、次への気持ちがまったく沸いてこず、もっとやりたいとかそういう気持ちがないことを実感して、これはそういうことなのかなと思いました。

 ――20年の柔道人生を振り返って。

 ちょうど20年になるんですけど、すべてを懸けて一つのものを求めて究めていったこの日々に、きついことの方が多かったんですけど、壁もありながらそれに立ち向かって、登れるかわからないけど立ち向かっていく自分が好きでしたので寂しい気持ちもありますけど、すべてを懸けることができたこの20年は自分にとって大切な思い出です。

 ――1番思い出に残っている試合は。

 ロンドンとリオ五輪はもちろんですが、それ以外なら2014年の講道館杯。そこで負けたらリオへの道はなかったですし、そこに一か八か賭けて準備して挑んで、その大会で優勝できたあの日から、これは神様が私にリオの一番高いところを目指しなさいということなんだなと強く思ったことを覚えている。

 ――姉の愛(めぐみ)さんからはどんな言葉をかけられたか。

 姉はすごくシャイな性格なので面と向かってはあまりはっきりしたことはなかったが、会見の直前に姉が皆さんに配ったコメントを読ませていただいて、すごくぐっと来ました。

 ――柔道の道で今後目指すものは。

 指導者というのも、勉強しないといけないですけどもちろんやってみたいという気持ちもあります。五輪で経験したことを生かすには、私自身が感じたこと、勝敗についてロンドンとリオで両方味わって考えさせられるものがあったので、単に勝利だけを求めるだけでなく、もっと広い視野で競技に打ち込むような、そういうことを教えられるような指導者になりたいと思います。

 ――女子柔道は世代交代が進んでいる。後輩に20年東京五輪でこんな柔道をしてほしいという思いは。

 すべてを懸けて挑む覚悟を持って、畳の上に上がってほしい。すべてを懸けるというのは簡単なことではないが、それくらいの決意と覚悟を持ってあの舞台に立てば、どんな結果になっても何か得るものがあるんじゃないかなと思います。私はこの2大会でそれを感じることができたので。

 ――筑波大大学院に在籍中。どんな研究をしているのか。

 まだ本決まりではないが、テーマとしてやりたいなと思っていることはオリンピズム。オリンピック教育というものを私自身恥ずかしながら知らなかった。五輪の舞台に立つ前に知っていたら、あそこの上から見る景色はひと味違ったのかなと思う。ゆくゆくはそういうことを伝えていけたら。

 ――ロンドン五輪での準々決勝敗退の経験が自身に残してくれたものは。

 ロンドンで負けた時は、正直勝つことがすべてだと思っていたので、何もかも失ったような気持ちになったが、リオで勝った瞬間に気づいたことは、やってきたことが何より大切なんだなと思った。自分でも不思議だったが、金メダルが決まった瞬間、「やったー」とか「金メダルだ」とか思わず、静かに今までの自分の道のりを思い出していたので、「ああ、これをロンドンの時の自分にも伝えたかったな」と思ったのが印象深かった。勝つこともうれしいですが、過程が大切ということに気づきました。

 ――自身にとって、柔道とは。

 私にとって、柔道は生きがいでした。

     ◇

 田知本遥の姉で、78キロ超級の田知本愛が所属先のALSOKを通じてコメントを発表した。

 一緒に柔道を始めて、小さい頃から理解し合える仲間であり、一番近くにいるライバルだった遥が先に引退することに、まだ実感がわきません。

 最後に、一緒に柔道を始めた土地で団体戦を組めたことは、いい思い出になりました。

 どん底な時もあったと思うけど、そこから這(は)い上がる姿、最後は自分の最大の目標を達成する姿は忘れられません。本当にお疲れ様でした。