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 日本ALS協会は「筋萎縮性側索硬化症と共に闘い、歩む会」というサブタイトルを持っています。この病がもたらす困難に対して、患者家族だけでなく、医師、専門職、友人知人、ボランティアなど皆で一緒に闘い、一歩一歩歩んでいこう、という思いが込められています。

 実際、この病気は症状の進行が速く障害も大きいため、患者家族ら当事者だけで会の運営を行うことは難しいです。協会本部ができたのは1986年ですが、その時患者さんの切実な呼びかけに応えて支えたのは、新潟大学の神経内科教授だった椿忠雄先生、患者手記を出版した「静山社」社長(当時)の松岡幸雄さんをはじめ各地の遺族やボランティアでした。

 椿先生のまな弟子の多い新潟県は翌87年に早速支部を作り、意思伝達装置の支給、人工呼吸器の貸与制度創設などを行政に陳情して成果を得ました。その後協会全体で国に働きかけ、ヘルパー吸引や難病法の制定などにつなげました。こうした仲間のつながりを信じた運動は患者さんの生きがいともなり、社会で元気に活躍する患者さんがたくさん出てきました。

 パソコンやメールの発達や介護保険の導入で、患者会しか頼れなかった昔と違い、患者さんはケアマネジャーをはじめ多くの専門職による支援を受けることができるようになりました。制度的には素晴らしい進歩です。が、地方にはヘルパーがなかなかいないのも実情です。

 制度の中でしか動けない専門職の支援が及ばない時、こぼれる訴えを拾い皆で何とかしようと協力するのが患者会の一つの役割です。新潟では地域の皆様の支援も得て、他にもボランティアによる訪問や定例の相談会、交流会、講演会などもやっています。ただ皆が高齢化しており、全国各支部の共通課題となっています。50代、60代はまだまだ若い! 皆様ご協力を!

<アピタル:医の手帳・ALS>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/techou/(日本ALS協会県支部 若林佑子・副事務局長)