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 サーフィン界の新たな「キャリアモデル」を体現している異色の大学生がいる。2年前の全日本選手権を制した神奈川大経営学部4年の石川拳大、22歳。高卒でプロを名乗るサーファーが多いなか、大学で勉学に励み、この10月、日本オリンピック委員会(JOC)が選手と企業を仲介する「アスナビ」を通じて、IT大手の日本情報通信への就職を決めた。東京五輪を機に「サーファーのイメージを変えたい」という。

 石川は横浜市生まれ。両親の影響で4歳からサーフィンを始め、小学2年で聖地、茅ケ崎へ家族で引っ越した。自宅は海まで歩いて3分。自転車で毎朝海岸を1時間近く走っては、良い波を探し、中学卒業までに湘南地域のありとあらゆる波を制してきた。

 数々の全国大会を経験し、中学1年で世界大会に出場。スポンサーも複数ついたが、両親の口癖は「サーフィンは仕事にするな」。雑誌の特集で同年代の選手が将来の夢に「プロサーファー」と書くなか、一人だけ「画家」と書いた。「サーファーだからと、周囲から敬遠されることも多かった。そうしたイメージを変えたかった」

 結果にこだわらず、波乗りを楽しんでいた石川が考え方を変えたきっかけは、オーストラリアのゴールドコーストに留学した高校時代だ。サーフィンが国技の国で、波乗りは授業に組み込まれていた。子どもたちが仲間と楽しみながら波と戯れる教育環境が新鮮に映った。部活動には所属せず、仲間と別れて一人で海に向かった自分の中学時代を思い出した。

 「日本のサーフィン界や教育を変えたい。そのためには自分が実績を残すのが一番の近道だと思った」。2015年の全日本選手権で優勝。自国開催の五輪でサーフィンが追加競技として採用されたことに、運命を感じた。

 日本における「プロ」の現状は厳しい。日本プロサーフィン協会(JPSA)の資格をとればプロの肩書を得られるが、実際に世界ツアーを周り、賞金だけで生計を立てられる選手はほとんどいない。多くの選手はサーフショップの経営やアルバイトなどをしながら活動している。

 だからこそ、アスリートとして、新たなモデルを目指す。日本サーフィン連盟の強化指定選手に選ばれ、アスナビでは、60~70社の前で自身の思いを訴えた。興味を持ってくれた3~4社の中で「自分の活動を理解してもらえた」と日本情報通信を就職先に選んだ。

 4月からは広報部に配属予定。内定式では集まった同期に「サーフィンっていうから、どんな奴が来るのかと思った」と驚かれたというが、本人は仕事とサーフィンの両立を、いたってまじめに目指してる。

 「スーツを着て会社に行って、世界ツアーを回る。そんなサーフィン選手、いいじゃないですか」(照屋健)