てんでんこ 皇室と震災・第3部7

 雲仙・普賢岳が大火砕流に見舞われた1991年6月3日。ふもとの「上木場(かみこば)地区」では避難勧告後も、地元消防団員が山の警戒監視にあたり、多くの報道陣もとどまっていた。長崎県島原市職員だった杉本(すぎもと)伸一(しんいち)さん(67)は「前線本部」で、約2キロ離れた安中公民館の責任者を務めていた。

 杉本さんの記録によれば、6月3日はこの地方には珍しい西の風が吹いていた。午後4時8分ごろ、公民館で待機していると、携帯無線機を通じて「逃げますー」という緊張した声が飛び込んできた。窓から外を見ると、黒い煙に住宅がのみ込まれていくのがはっきり見えた。愛車のホンダのシビックに飛び乗り、農道を北上し、上木場地区を目指した。

 普賢岳から流れる水無川にかか…

有料会員に登録すると全ての記事が読み放題です。

初月無料につき月初のお申し込みがお得

980円で月300本まで読めるシンプルコースはこちら