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 東京都砂川町(現立川市)にあった米軍立川基地の拡張計画に反対し、基地に入った学生らが1957年に起訴された「砂川事件」の再審請求審で、東京高裁(秋葉康弘裁判長)は15日、元被告ら4人の再審開始請求を退けた東京地裁決定を支持し、元被告らの即時抗告を棄却した。

 砂川事件の最高裁判決は、2015年成立の安全保障関連法の議論の中で、安倍政権が集団的自衛権行使を「合憲」とする根拠に挙げたことで注目された。

 再審請求したのは、土屋源太郎さん(83)ら元被告4人。59年の一審・東京地裁判決は無罪としたが、検察側の直接上告を受けた最高裁は同年に判決を破棄。その後、罰金2千円の判決が確定した。

 しかし、2008年以降、最高裁判決前の59年に、当時の田中耕太郎・最高裁長官が米国側に裁判の見通しを伝えていたことを記した米公文書を研究者らが見つけた。土屋さんらはこれらを新証拠として14年6月に再審を請求。田中氏が審理中に一方の当事者だけに接触して判決の見通しを伝えるなど、公平な裁判を受ける権利が侵害されたとして、裁判を打ち切る「免訴判決」を出すべきだと主張。16年3月の東京地裁決定は、公文書に「世論を『乱す』(裁判官の)少数意見が回避されるようなやり方で(結審後の評議が)行われるよう希望する」などと記録された田中氏の発言について、「裁判の公平性を害するような内容ではない」と判断。免訴すべき新証拠とはいえないとして棄却していた。

砂川事件をめぐる経緯

1957年9月 当時の米軍立川基地の拡張計画に反対する学生ら7人が、基地内に立ち入ったとして日米安保条約に基づく刑事特別法違反容疑で逮捕。その後、起訴される

   59年3月 東京地裁が7人に無罪判決。「米軍駐留は憲法9条に違反する」と判断

     12月 検察庁が跳躍上告し、最高裁大法廷が一審判決を破棄。その後の地裁の差し戻し審で、7人は罰金2千円の逆転有罪に

2008年4月 最高裁判決前に、最高裁長官が駐日米大使と会談していた記録が米国立公文書館で見つかる。59年当時は日米安保条約改定を控え、両国政府が反対世論を注視していた時期だった

   14年3月 自民党の高村正彦副総裁が、集団的自衛権の行使容認の根拠として砂川事件の最高裁判決に触れる

     6月 元被告の土屋源太郎さんらが再審請求

   16年3月 東京地裁が再審請求の棄却決定