元赤軍派議長で評論活動もしていた塩見孝也(しおみ・たかや)さんが14日、心不全のため東京都小平市の病院で亡くなった。76歳だった。葬儀は近親者で行う。

 京大在学中に活動家となり、武装闘争を主張して1969年に赤軍派を結成して議長に就任。「よど号」ハイジャック事件(70年)など一連の赤軍派事件を首謀したとして、懲役18年の実刑判決を受けて東京・府中刑務所で獄中生活を送った。出所後、赤軍派時代の自らの武装闘争路線は誤りだったと総括。都内の市営駐車場に勤める傍ら時代を振り返るトークショーなどに出演した。2010年には生前葬を営んで話題になった。15年4月には東京都清瀬市議選に無所属で立候補し、落選した。