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 立冬は過ぎた。小雪を迎える。昼は短く夜が長くなる。いろんな一日が好きだが、紅葉が散るこのごろも好きだ。

 詰め所での朝の申し送りが終わって、病室で予期せぬことが生じて緊張した。がんの末期の患者さんで、下血を止める手術も拒否。輸血などで対応してたが、中心静脈から栄養を補う高カロリー用のチューブを自分で抜去。鼠径(そけい)部の静脈にカテーテルを入れ直そうとしていると、急に容体が変わった。呼吸が止まり、脈も触れなくなった。心マッサージをし、看護師が点滴を落とし昇圧剤を注射すると、数分後に呼吸も脈も戻って、大事にならずに済んだ。がんによる衰弱、脱水、穿刺(せんし)の痛みなどが重なり失神を生じた、と考えた。死を迎える心構えは、本人も家族もぼくら医療者もできているはずなのに、臨床っていつも、思いがけないことに見舞われる。片付けて病室を出ようとすると、「大丈夫です」と患者さん。窓の向こうに、山桜の不ぞろいな紅葉が見えた。

 診察室に下りると、机に一通の手紙があった。遠方の50歳の女性から。「私は長年統合失調症で闘病した/看護師、介護福祉士を目指したが挫折した/校正の仕事を身につけたころ、乳癌(がん)が見つかった/落ち込んだ。投げ遣(や)りになりそうだった時、先月の野の花通信(当方の診療所発行)の表紙の女性の写真を見た(60歳のがん末期の女性が、逝くのは覚悟、でも筋トレはしとく、と水とお茶の入ったミニペットボトルを左右の手に持って、笑っている)/その姿から大切なことを教わった。/生きてみます」と。一枚の写真が、悩みを抱える人の心に届いてよかった、と思った。往診に出かけた。

 冬に向かう日、どこでも、誰もが、大切な一日を過ごしているんだ。

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。