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 アイスホッケー女子の平昌(ピョンチャン)五輪出場メンバーが6日に発表され、ともに西武でプレーするDFの床亜矢可(とこあやか、23)=全日空=、FWの秦留可(はるか、20)=法大=が姉妹で選出された。記者会見では2人で並んで集合写真に納まり、亜矢可は「一緒に五輪に行きたくて頑張ってきた。やっとスタートラインに立てた」と笑った。

 元日本代表DFの泰則さん(56)を父に持ち、北海道釧路市で幼稚園の頃から氷に乗った。努力家の姉と、天才肌の妹。「女の子がホッケーをしなくても……」と思っていた泰則さんも、2人の本気に引っ張られて指導に力を入れるようになった。試合帰りの車内はいつも父による反省会となり、姉は泣きながら話を聞き、妹は寝たふりをしてしのいだという。

 年代別代表に呼ばれることも増えた2010年、高校1年の亜矢可の体に異常が起きた。手が震え、心臓がばくばくする。甲状腺肥大の病気だった。投薬治療を始めたが、体調不良で試合に出られないこともあった。「こんな悔しい思いをもうしたくない」。薬での長期治療を望む両親の反対を押し切り、高校3年で手術を決めた。首には今も、20センチほどの手術痕が残る。

 手術が成功し、「姉妹で五輪」が現実味を帯び始めた13年、ソチ五輪の最終メンバーから秦留可が外れた。電話で本人と直接話した当時監督の飯塚祐司コーチは「ハルに落選を伝えている時、電話の向こうから亜矢可の泣き声がずっと聞こえた」と言い、秦留可も「選ばれなかった私より、選ばれたお姉ちゃんが落ち込んでいた」と振り返る。当時、秦留可は16歳。「まだ体ができていなかった。この4年は一番努力した」。当時より体重は10キロも増えた。

 両親はソチに行かなかった。「2人そろって出る時に応援に行くよ」と、使わなかった旅費でテレビを買い替え、秦留可とともに自宅観戦した。

 亜矢可は「2人で二つのメダルをとって、両親にかけてあげたい」と誓う。秦留可は「姉が小さい頃から『一緒に五輪に行くよ』と引っ張ってくれた。悔いのないよう、積極的にプレーしたい」。(渡辺芳枝)