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 ■ハンス・ノイラート賞受賞

 細胞生物学者の永田和宏・京都産業大教授(70)が7月末、国際的に権威のあるハンス・ノイラート賞を受賞した。たんぱく質の研究における長年の貢献が認められた。宮中歌会始や朝日歌壇の選者を務めるなど歌人としても知られる永田さんに、生物学者としてのこれまでの歩みや、細胞の神秘について語ってもらった。

 

 Q)たんぱく質とは、何ですか

 僕はこう言っています。生命の営みの担い手であり、私たちの体を作る一番大事な物質だと。アミノ酸という分子がDNAの配列に従って「ひも」のように並んだものが「ポリペプチド」。これが必要な場所に運ばれ、正しく折りたたまれて立体的な構造をとったのがたんぱく質です。

 数字で話しましょう。細胞の大きさは1ミリの100分の1くらい。そこに80億個ほどのたんぱく質が詰まっています。1個の細胞の中で、1秒間に数万個のたんぱく質が作られては壊されている。しかし、数万種類もあるたんぱく質は、たった20種類のアミノ酸の組み合わされてできたものです。驚きでしょう。

 □29歳で大学復帰

 Q)学生時代は生物学とは無縁だったそうですね

 物理学科の落ちこぼれでした。京都大で湯川秀樹の講義を聴いた最後の世代です。企業の研究所に就職して、そこで細胞の研究のおもしろさに目覚めて、29歳で大学に戻りました。

 Q)若い頃の業績に「HSP47」という熱に反応するたんぱく質の発見があります

 30代の頃、米国でコラーゲンを研究している時、偶然に見つけたのがHSP47でした。ゆで卵が典型ですが、熱するとたんぱく質は変性し、それが凝集すると細胞は死んでしまいます。でも同時に、熱に反応して働き出して、凝集した他のたんぱく質を直そうとするたんぱく質もあるんです。ただ、当時はほとんど知られておらず、正体をつかむまで数カ月苦悶(くもん)しました。

 Q)今の研究テーマ「たんぱく質の品質管理」とは

 折りたたみに失敗したたんぱく質は正常に働きません。失敗作の蓄積がアルツハイマー病のような神経変性疾患に関係があることも分かっています。だから細胞内でたんぱく質の品質管理を厳密にしないといけない。

 細胞内でたんぱく質を作る「工場」が小胞体ですが、この小胞体での品質管理には、四つの段階があります。たんぱく質が変性すると、まず1番目のスイッチが入って、たんぱく質の生産を中止する。2番目のスイッチが入ると、シャペロンと呼ばれる修理係のたんぱく質が作られます。これらを「小胞体ストレス応答」と言いますが、この仕組みを解明したのが米国のピーター・ウォルターさん(カリフォルニア大サンフランシスコ校教授)と日本の森和俊さん(京大教授)です。

 □日本人の貢献大

 Q)2人はノーベル賞の候補として名前が挙がっていますね

 3番目が分解で、それでもだめなら細胞は自死する。これが4番目。失敗作の分解は二つの道があって、両方とも日本人の貢献が大きい分野です。一つは、分解するものだけに目印を付けて、プロテアソームという大型の「分解機械」に運び分解する。これは田中啓二さん(東京都医学総合研究所長)の貢献が大きかった。もう一つが、その辺にあるものを全部袋にいれて分解するオートファジーです。大隅良典さんが昨年ノーベル賞を受賞しました。

 私たちも品質管理と分解を研究しています。2001年に「EDEM」(エデム)というたんぱく質を見つけました。これは変性したたんぱく質を見分け、小胞体から外に持ち出して分解に回していた。

 続いて「ERdj5」という酵素を発見しました。EDEMに結合してたんぱく質の構造を切って1本のポリペプチドに戻します。失敗作のたんぱく質も立体的な形なので、そのままだと小胞体の膜の狭い穴を通れない。なんと、ひもに戻して通していたわけです。

 ちなみに、見つけたたんぱく質には命名できます。遊び心で「ユービン」「ポスト」と名づけたものもありますよ。名前が残るのはうれしい。日本人しか笑えないけどね。

 □失敗経験が大事

 Q)細胞の世界に関心を持つ若い人に一言

 機能が分かっているたんぱく質はほんの一部。すぐに世界の第一線で仕事ができます。研究室でEDEMとERdj5を見つけた時、中心はいずれも修士1年の大学院生でした。

 研究者にならなくても、生物がこんなにうまくできていることを実感して社会に出てほしい。そして、学問では失敗経験が大事です。僕が企業の面接官なら学生時代にどんな失敗をして、どう巻き返したかを尋ねたいですね。僕も29歳で心機一転、研究者として始めたんですから。

 Q)最近、関心を持っているのは

 細胞の内部と外部ということを考えています。例えば、口の中や胃の中って体の内部ですか。内部のようですが外とつながってもいますね。細胞にも同じような場所があるんです。小胞体は元々、細胞の外部だったものが取り込まれてできた器官なのだし、エネルギーを生産するミトコンドリアは、元々は外にいたバクテリアを取り込み、いまだに共生しているものです。

 内部と外部は区別しないと一緒になってしまう。だけど、完全に閉じると今度は生きていけない。生物の膜は閉じつつ開く。閉じながらいかに外とやりとりをするかが大事なんです。

 Q)哲学的に聞こえます

 僕もそう思って新しい本(『生命の内と外』新潮選書)を書きました。

 生命はできるだけ変わるまいとする。恒常性を維持するのが最も大事な使命です。例えば、体温は閉じているとどんどん上がる。内部を守るためには膜を通じて外と交渉して、熱を出さないといけない。

 どこかの大統領のように、国境に壁を作って出入りを止めてはやっていけないのが生命。社会は細胞を見習うべきです。

 

 ■ノーベル賞の大隅さんと来月対談 

 永田さんは10月13日午後5時から、京産大神山ホールで、長年の友人で、昨年のノーベル医学生理学賞を受けた大隅良典・東京工業大栄誉教授と「知りたいという欲求」というテーマで対談する。一般にも公開している永田さんの対談シリーズ「マイ・チャレンジ」の最終回。無料。問い合わせは京産大学長室(075・705・2953)。