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 今年度の朝日賞受賞者の皆さんの業績を紹介します。朝日賞は1929年に創設され、学術、芸術などの分野で傑出した業績をあげ、日本の文化や社会の発展、向上に貢献した方々に贈られます。各界の推薦をもとに、朝日新聞文化財団と朝日新聞社の選考委員会が審議、決定します。特別賞は、本賞以外の分野で長年にわたり国際的、社会的な貢献が著しい方々に朝日新聞社が贈るもので、受賞は99年度の緒方貞子さん以来です。受賞者には正賞として故・佐藤忠良さん作のブロンズ像と、本賞500万円、特別賞200万円の副賞が贈られます。

 ■若冲ブーム仕掛け人 美術史家・辻惟雄さん(84)

 近年驚異的な人気の江戸時代の画家・伊藤若冲に関心を持ったのは、60年前の酉(とり)年に開かれた鶏画の美術展がきっかけだった。1970年には若冲や岩佐又兵衛ら、異端視されがちな奇抜な画風の絵師を著書「奇想の系譜」にまとめた。

 「従来通りの日本美術史では面白くない。画家に憧れダリやミロにひかれていたから、日本にも彼らに通じる表現があるかもしれない、と。当時の反体制的な気分の影響もありました」

 この本を契機に、2000年以降の若冲、江戸絵画ブームが生まれたといわれる。「導火線を仕掛けたのは私かもしれないが、それに火がついた。日本人の美意識が変わったんでしょうね。若冲はもう一過性のブームではなく、レジェンド。絵に確かな内容があるからです」

 型破りな画家たちを追う一方で、型を作った狩野派の研究も手がけた。さらに日本美術を貫く特質に「かざり」や「あそび」を見いだし、美術史を書き換えるような仕事をしてきた。

 今回の賞金は美術史研究の国際的な人材育成に投じるつもりだ。「『かざり』研究は誰か引き継いでくれないかな。美術だけでなく文化史全般にわたると思う」

 (編集委員・大西若人)

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 つじ・のぶお 1932年名古屋市生まれ。東京大卒。東北大教授などを経て東京大教授。その後、千葉市美術館長や「國華」編集主幹、多摩美術大学長に。昨年、文化功労者。著書に「日本美術の歴史」など。

 ■少女漫画界に「革命」 漫画家・萩尾望都さん(67)

 代表作「ポーの一族」の続編を40年ぶりに昨年発表したところ、掲載誌はたちまち売り切れ増刷も完売。永遠を生きる吸血鬼の主人公エドガー同様、人気は衰えを知らない。

 「いつか描くつもりで気がついたら還暦を超えてしまい、これから目も悪くなるし体力も衰えるし、今しかない、と。絵柄も変わってしまったのに、こんなにも作品が愛されていると知って感激しました」

 1970年代、「ポー」や「トーマの心臓」で、少女漫画に高い文学性をもたらす「革命」を起こした。詩的な言葉と流麗な絵が融合し、時の流れに引き裂かれる愛や、思春期の少年たちの苦悩や葛藤を描いた。

 「漫画ほど人間の心理を伝えるのに向いた表現はない」と語る。

 「コマを割り、絵を配置し、読者の視線がページの上を流れる。そこにリズムとメロディーのようなものが生まれる。漫画は音楽のように、感情をダイレクトに刺激するんです」

 デビュー以来第一線で活躍。現在は自身初の歴史もの「王妃マルゴ」を連載中だ。「読者をどこかへさらっていき、読み終わってハッと我に返る。そんな漫画が理想ですね」

 (小原篤)

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 はぎお・もと 1949年福岡県生まれ。69年にデビュー。97年に「残酷な神が支配する」で手塚治虫文化賞優秀賞。2012年に紫綬褒章。代表作はほかに「11人いる!」「イグアナの娘」など。

 ■方程式の先に新空間 数学者・中島啓さん(54)

 図形や空間の性質を研究する幾何学上の新しい空間を発見した。複雑で豊かな構造で、数学や素粒子物理学の発展に貢献した。そんな「宝箱」のような空間が中島啓(ひらく)さん(54)による「中島の箙(えびら)多様体」だ。

 箙は矢を入れる筒の武具。空間を表現する数式に矢印を多く使うため、この名前になった。ただし、3次元より高い次元のため見ることはできない。

 発端は物理学だった。解の存在すら不明な方程式を前に、解の全体が作る新たな空間を無数に考え、その性質を調べた。言わば、木を見ず森を見て個々の解の詳細を知るという手法だ。

 論文を読み、思考と計算の連続。「二番煎じのような研究はしたくない」。2年以上研究を続け、発見した箙多様体を元に、幾何学と代数の間に未知の結びつきを見いだした。「隠れていた数学の美しさが自分だけに見えた」

 箙多様体は「万物の理論」とされる超弦理論につながる考えで、世界中の研究者が使う。物理用語に翻訳された論文は「聖書」とまで言われるようになった。

 物理と数学の橋渡し役を自任する。「地図のない数学の世界をこれからも歩き続けたい」

 (石倉徹也)

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 なかじま・ひらく 1962年横浜市生まれ。87年東京大大学院理学系研究科修士課程修了。同大助教授、京都大教授などを経て、2008年同大数理解析研究所教授。03年米数学会コール賞、14年日本学士院賞。

 ■周期表に刻んだ113番 113番元素研究グループ代表・森田浩介さん(59)

 すべての物質の基本要素である元素の一つ、原子番号113の新元素の合成に成功し「ニホニウム」(Nh)と名づけた。元素の命名権獲得はアジア初だ。

 作り方は元素同士の足し算だ。原子番号30の亜鉛を原子番号83の金属のビスマスにぶつける。48人が参加した研究で、9年間に衝突実験を400兆回繰り返した。できた113番元素は三つ。代表の森田浩介さん(59)は「周りの人の肩を揺すって『来たあっ』と叫んだ」と振り返る。

 113番元素の寿命は1千分の2秒で、すぐに崩壊して別の元素に変わる。米ロの研究チームと競っていたが、森田さんらは、崩壊後、よく知られた元素に行き着くまでの過程を丁寧に証明し、発見者として命名権を得た。「実験を続けられたのは多くの人の支えがあったからだ」。感謝の思いを込め、日本にちなんだニホニウムと名づけた。

 森田さんが楽しみにしているのは、子どもたちが新たな周期表からニホニウムを見つけてくれることだ。研究者の活躍を知り、科学を好きになってくれるかもしれない。「私たちが研究を続けてきて良かったと思える瞬間になるだろう」

 (杉本崇)

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 もりた・こうすけ 1957年北九州市生まれ。84年九州大大学院博士後期課程満期退学、理化学研究所入所。2013年九州大大学院教授、理研グループディレクター。05年仁科記念賞、16年日本学士院賞。

 【特別賞】

 ■非核、実現するまでは 日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)

 国内外の被爆者をつなぐ全国組織。思想や信条が異なる人々を束ねるのは「二度と誰にも私たちと同じ思いをさせない」との願いだ。核廃絶を訴え続け、昨夏に結成60年を迎えた。

 終戦直後は被爆者への援護はなく、「空白の10年」だった。ビキニ環礁での核実験による第五福竜丸事件を経て、広がる原水爆禁止への世論を背景に、被爆者たちは1956年に「自らを救い、人類の危機を救う」と掲げ、日本被団協を結成した。

 被爆者健康手帳の交付や手当の拡充、健康診断などを運動を通じて勝ちとった。2003年以降は、原爆症の認定を求める集団訴訟も起こした。国連でも「ノーモア・ヒバクシャ」と訴え続ける。

 被爆者の平均年齢は80歳超。死者の思いを背負い、「犬死にさせるか」と組織を立ち上げたり、被爆者の権利確立を訴えたりした世代が少なくなり、いまは胎内被爆者ら「記憶のない被爆」世代も運営に携わる。子どもの世代である2世に運動や体験を継承する動きも進む。

 事務局長の田中熙巳(てるみ)さん(84)は「『被爆者あり』と世界に示し、最後の一人になっても訴え続けたい」と語る。

 (宮崎園子)

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 1956年8月10日結成。43都道府県にある被爆者団体でつくる唯一の全国組織。オバマ米大統領の広島訪問時は代表者4人が招かれた。2003年にマクブライド賞、10年平和サミット特別賞。近年はほぼ毎年、ノーベル平和賞の候補に挙がっている。

 ■選考委員(敬称略)

渡辺雅隆=委員長(朝日新聞文化財団理事長・朝日新聞社社長)

亀山郁夫(名古屋外国語大学学長)

岸本忠三(大阪大学特任教授)

榊裕之(豊田工業大学学長)

高樹のぶ子(作家)

野田秀樹(劇作家)

養老孟司(東京大学名誉教授)

米沢富美子(慶応義塾大学名誉教授)

西村陽一(朝日新聞社常務取締役編集担当)

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