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 天皇陛下の退位をめぐり、衆参両院の正副議長による政党・会派への意見聴取が行われた。

 退位を認める点に違いはないが、自民、公明などが陛下一代限りの措置を唱えたのに対し、民進、共産などは将来も適用される制度づくりを主張した。

 朝日新聞の社説は、退位のルールを定めることが大切で、当面、特別法で手当てするとしても引き続き皇室典範の改正に取り組むべきだと主張してきた。

 ルール抜きで一代限りの退位に道を開けば、この先、政権や多数党の意向で天皇の地位が左右される恐れが生まれ、禍根を残すことになるからだ。

 自民党などは、退位の要件を設けるのは難しいという。たとえば天皇の意思をそこに盛りこめば、「天皇は国政に関する権能を有しない」という憲法の規定に触れると指摘する。

 理解に苦しむ話である。

 皇室会議などの議決を併せて必要とすれば、進退を天皇の自由な判断に委ねることにはならず、憲法の趣旨に反するとは思えない。そもそも意思を確認しないままでは、まさに強制退位になるではないか。制度化を避けるために、筋の通らぬ理屈を展開しているとしか見えない。

 この問題を考えるにあたっては、昨年夏の陛下のお気持ち表明をきっかけに、人々の間に醸成された認識を踏まえることが肝要だ。それはおおよそ次のようなものといえよう。

 天皇は、国民に寄り添い、ともにある存在であってこそ、国民統合の象徴たりうる。高齢などによって務めを果たすのが難しくなり、天皇自身がそれを良しとしないのであれば、人権の見地からも在位を強いるべきではない。将来の天皇にも起こりうる構造的な課題ととらえ、対応することが求められる――。

 「一代限り」は、事の本質を見ず、多くの国民の思いにも反する案と言わざるを得ない。とりわけ、党内のオープンな議論を封じ、幹部だけで政権の意向に沿う見解をまとめた自民党の姿勢は大いに疑問だ。

 この間の政府・与党の動きを貫くのは、退位をあくまでも例外とし、明治憲法とともに導入された終身在位制にこだわる考えだ。背景に、当時と同じように天皇を超越した存在と位置づける保守層への配慮や、政権運営のためには皇室に関する微妙な問題への関与を極力避けたいという意向が見え隠れする。

 そんな思惑や打算を超えて、国民の総意に向け、あるべき姿を追求する。それが国会、なかでも中立の立場で調整の任にあたる正副議長の責務である。

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