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 中国の国会に当たる全国人民代表大会がきのう、北京で開幕した。李克強(リーコーチアン)首相の政府活動報告からにじみ出たのは「安定」の重視である。

 昨年来の欧米の動向、なかでも米トランプ政権の登場は、世界を不確実性で覆っている。

 米国に次ぐ大国として、どう対応すべきか。中国にとっても多難な年になりうるだけに、深刻な問いである。

 今年は秋に共産党大会があり、大幅な人事異動が控えている。例年に比べて守りの姿勢にならざるを得ないのだろう。

 重点政策で目立つのは、民生部門の改善だ。貧困対策の強化。低所得者向け住宅の供給。大気汚染の解消。さらに、携帯電話の国内長距離通話など一部料金の廃止・引き下げに李首相が言及し、拍手を浴びた。

 だが、その半面、改革の精神が置き去りにされていることは否めない。

 4年前の共産党の会議で習近平(シーチンピン)政権は幅広い改革メニューを打ち出し、特に「市場が資源配分の中で決定的役割を果たすようにする」という言葉は内外で好意的に受け止められた。

 ところが何かと共産党・政府が、たづなを放さない。昨年の統計では、固定資産投資は政府・国有部門が主導し、民間企業による投資は細る一方だ。

 携帯電話料金の引き下げにしても、国有企業が課す不当に高い料金を政府が調整するにすぎない。本来の改革は、市場メカニズムに委ねるものだ。

 李首相は報告で、国家主席で党トップの習氏を「核心」とする表現を繰り返した。昨年の共産党の会議で採用された、習氏個人への権威づけだ。汚職摘発の強化と相まって、党大会を前に支配体制固めが進む。

 市民社会への締めつけも相変わらずだ。インターネット規制やNGO活動の管理が強められ、息苦しさが増している。

 司法部門も改革の柱の一つだったはずだが、最近は最高裁トップから「司法の独立」や「三権分立」を否定する発言が飛び出し、法学者らを憤慨させた。

 要するに習氏を頂点として国内を引き締め、民生の安定を図りつつ難局を乗り切る、という構えなのだろう。

 米国がどうあれ、世界で中国の重みは増す。習主席も李首相も、多国間協力を支持し、貿易の保護主義への反対姿勢を明確にしているのは評価できる。

 だが、そうした原則を真剣に重んじるのならば、中国自身が政策決定の透明性を高め、経済の自由化を進め、公正な社会をつくる行動をみせるべきだ。

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