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 意見が割れるテーマを取りあげた催しや活動は公共の場から締め出し、発表の機会そのものを与えない。各地の自治体に広がるこのおかしな風潮に、歯止めがかかることを期待したい。

 神奈川県海老名市の駅の自由通路で「マネキンフラッシュモブ」と呼ばれる活動をしないよう命じた市長の命令を、横浜地裁がこのほど取り消した。

 不特定多数の人が集まり、共通の衣装をつけ、各自ポーズをとってマネキンのように静止する。数分間続けると次の場所に移動し、またポーズをとる。そんなパフォーマンスだ。

 参加者が「アベ政治を許さない」「自由なうちに声を上げよう」と書いたプラカードを持っていたことから、市は「条例が禁じる集会・デモや承認のない広報活動にあたる」とし、今後こうした行為をしないよう命じた。その命令が違法とされた。

 もっともな判断である。

 判決は、集まったのは約10人で、1時間半ほどの活動中、他の通行人の妨げにならなかったと指摘し、市は条例の解釈適用を誤っていると述べた。

 直接の言及こそなかったが、民主社会を築くうえで欠かせない「表現の自由」を重視する立場にたって、結論を導きだしているのは明らかだ。

 人はだれも自分の意見を持つ自由を持つ。だが他人に伝えられなければ、心の内にあるだけにとどまる。世の中に訴え、賛否にさらされ、考えを深め、また世に問い、賛同者を増やす。そのサイクルがうまく回って初めて、民主主義は機能する。

 ネット時代を迎え、意見を表明する手段は質量とも大きく変化した。しかし、道路や公園・広場、公民館など大勢の人が行き交い集う場が、大切な役割を担うことに変わりはない。

 にもかかわらず、政治性があるなどの理由で、こうした公共空間を市民に利用させない行政の動きが近年目につく。対立や苦情に巻きこまれたくないという「事なかれ主義」に基づくものも多いようだが、過剰な規制は、結局は自分たちの足元を掘り崩し、社会を弱体化させる。この自覚を欠いた安易な制約が横行してはいないか。

 表現活動を縛るのは、危険な事態を招くと明らかに予想されるときや、法が定める不当なヘイト行為など、例外的な場合に限るべきだ。主催者側とよく話し合い、状況に応じて、条件をつけて使用を認めるなどの工夫も検討されてよい。

 海老名市は控訴を断念した。司法の警告を「我が事」として各自治体は受けとめてほしい。

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