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 大ニュースが並ぶ新聞1面の左下。その小箱にはいつも、人々の息づかいを感じる、風通しのよい言葉が載っていた。

 本紙で足かけ29年にわたって「折々のうた」を連載した大岡信さんが亡くなった。

 古今の短歌や俳句、現代詩、歌謡などをとりあげ、180字で解説・批評するコラムを79年に始めた。140字のツイッターの影も形もない時代。推敲(すいこう)を重ねた短文は、穏やかな知のくつろぎを読者にもたらした。

 詩人の感性と批評家の理性、元新聞記者の取材力を駆使して多様な生活詠を探る長い旅に出た大岡さんは、言葉の力と、言葉を介して人と人がつながることの大切さを説き続けた。

 詩歌を、新聞に象徴される日常の場に置き直し、普遍的な意味をとらえ直す。それは詩を社会に開く営みだった。戦後の日本で、詩歌の普及にもっとも貢献したひとりといえよう。

 若いころから詩人として高名だった大岡さんはなぜ、他者の作品を渉猟することをライフワークに定めたのだろう。

 日本には「万葉集」「古今和歌集」のように、時代を映した歌を集めるアンソロジーの伝統がある。大岡さんは大伴家持や紀貫之を目標としていた。そして、「折々」の仕事を「読者の心の泉に毎日小さな石を投げ込む」とたとえた。

 愛する日本語、言葉が衰えていくことを憂えてもいた。

 02年の本紙への寄稿では、舌先三寸で人を丸めこむ人物が国権の中枢部にぞろぞろいると嘆き、「人が互いに信頼し合って暮らすところでしか、社会の土台は固まらない。その基本は、相手の言葉が信用できるものであることを、他者がちゃんと認識できているか」と断じた。

 現在の日本社会にも通じる、重い指摘である。

 相手の理解を得る努力を尽くさずにおかしな言い訳や空疎な言い合いに終始する政治家や経営者、特定の民族や少数派を差別するヘイトスピーチ、ネット上にあふれる激しい中傷――。言葉が人と人を遠ざけてしまうそんな状況を、長く闘病していた詩人は、いったいどう見ていたのだろうか。

 大岡さんはこの寄稿で、言葉を「敏感な生きもの」と呼び、「もし自堕落な使い方を続けるなら、いとも簡単に劣悪な素材に変わってしまう」と警鐘を鳴らしている。

 桜の花びらのような小さな欄だが、全6762回は言葉への信頼を訴える太い幹となった。社会をつなぐ言葉の重みを、残された文章から問い直したい。

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