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 この混迷からどうやって抜けだすのか。行政が本気で解決にとり組まなければ、対立と分断で地域は疲弊するばかりだ。

 国の干拓事業によって諫早湾が鋼板で閉め切られて、今月でちょうど20年になる。

 そしてきのう、干拓地で農業を営む人々が起こした裁判で、長崎地裁が潮受け堤防の水門を開くのを禁じる判決を言い渡した。開けば農業に重大な被害が生じる恐れがあるとの判断だ。

 7年前には福岡高裁が、逆に漁業者の主張を認め、水質調査をするため期限をきって開門するよう命じている。相反する司法の結論に疑問が広がる。

 だがこの事態は予測できた。干拓により漁業被害が出ていることを、今回の裁判で国が正面から主張しなかったためだ。

 福岡高裁は両者の因果関係を一部認め、だからこそ開門を命じた。国はこれを受け入れ上告を断念した。にもかかわらず、理解しがたい対応である。

 矛盾を指摘されながら改めようとしない国の態度が、矛盾する判決につながった。高裁の確定判決があるので口では「開門義務を負う」と言いつつ、本音ではそうさせないように、つまり国が進めてきた公共事業が失敗だったことが明らかにならないように立ち振る舞う。

 その結果、有明海では不漁が深刻化し、漁業者の後継者難もより厳しさを増した。一方、開門の約束を果たさないことで、いわば罰金として国が漁業者側に日々支払う間接強制金の総額は、年内に10億円を超える。営農者は営農者で、引き続き中ぶらりんの状態におかれる。

 どの観点から見ても、罪深い行いと言わざるを得ない。

 国が何よりとり組むべきは、漁業者と営農者の双方が折り合える解決策を粘り強く探ることであり、干拓事業者の立場に固執することではない。

 国は開門調査に備え、4年前に243億円を予算計上し、農業被害にも対処できると説明した。だが営農者を説得できないまま、毎年繰り越されている。

 農業対策とは別に、02年からは海底に砂を入れて耕すなどの有明海再生事業も手がける。しかし、昨年度までに約500億円を投じても、漁獲量の減少傾向に歯止めはかかっていない。かつての「豊穣(ほうじょう)の海」を取りもどすには、やはり開門して調べるしかないのではないか。

 営農者を抱える長崎県も、開門に反対するだけでなく、ともに調整にあたる姿勢を見せてほしい。こじれた感情を解きほぐすのは容易ではないが、その営みなくして問題の解決はない。

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