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 世界的には廃止される傾向にある「死刑」ですが、日本では「死刑もやむを得ない」という意見が根強く、現在も毎年のように執行され続けています。裁判員制度の下、私たち一般市民も死刑の判断を求められることになりました。どう向き合うべきでしょうか。

 ■《なぜ》情報少なく、議論深まらず 永田憲史さん(関西大学法学部教授)

 世界の潮流が死刑廃止に向かう中、日本で廃止の機運が盛り上がらなかった理由の一つには、国民の間に「人を殺した人間は死刑になっても仕方がない」という素朴な感覚が根強かったことがあるでしょう。これまで死刑冤罪(えんざい)事件で4件の再審無罪判決があったのに対して、死刑執行後にその人の冤罪が裁判所で認められた事件がこれまでなかったことも大きいと思います。無実の人を処刑したとなれば、死刑の正当性に大きな疑問符がつくことになるからです。

 死刑の是非について的確に議論するためには、いかなる場合に死刑が選択されているのかを明らかにする必要があると考えています。一般市民も自らの問題として、職業裁判官の選択の基準を知ることが重要です。2009年に始まった裁判員裁判で、裁判員が死刑の判断を迫られる機会が生じたからです。

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 終戦直後から1970年代にかけて死刑の選択率は下がりました。戦後の混乱期に比べ治安が落ち着いて凶悪な事件が減ったという社会情勢の変化に加え、裁判官に人権感覚が浸透したこともあったでしょう。74年に完成した改正刑法草案に「死刑の適用は、特に慎重でなければならない」との条文が盛り込まれました。草案作成の議論の影響か、73年ごろから突然「選択のハードル」が上がりました。例えば殺害された被害者(被殺者)が2人の場合、このころから計画性がなければ無期懲役とされる事案が目立って増えました。

 それ以後の数々の裁判例によって形成された選択基準は、被殺者数により一定のふるい分けをした後に、身代金目的などの犯行の罪質と目的、殺害を伴う前科、共犯における主導性、殺害の計画性、性被害といった重大な事情があるかどうかで判断するものです。

 被殺者3人以上だと格段に死刑になりやすいのですが、1人であっても保険金目的などの事情があると死刑になる傾向が強くなります。殺害の計画性も重要な事情で、被殺者2人の事案でも重大な前科がなく殺害の計画性もない場合、死刑が回避されることが多い。この選択基準は最高裁も83年の「永山事件第1次上告審判決」で踏襲して判例となり、今も有効です。

 裁判員裁判には従来の選択基準から逸脱する判決も散見されましたが、最高裁は2015年2月、裁判員裁判による死刑判決を破棄して無期懲役とした2件の高裁の判決を支持する決定をしました。最高裁は、死刑は究極の刑罰であるからその適用は慎重でなければならない、公平性の確保にも十分に意を払わなければならない、と明言。これ以降、裁判員裁判で従来の死刑選択基準を逸脱する事例はほぼなくなりました。

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 最近、死刑選択に影響を与えそうな事態が進行しています。「無期刑の終身刑化」です。1990年代後半から、無期懲役の仮釈放までの期間が急激に長期化するとともに、無期刑受刑者で仮釈放となる者がほぼいなくなりました。

 このことは、裁判員裁判で「無期懲役にして仮釈放後に再び事件を起こすと危険だから死刑にするしかない」と判断しようとする裁判員を、「二度と社会に出てこないなら、無期懲役でよいのではないか」という考えに導く可能性を秘めています。「無期刑の終身刑化」が定着してそれが社会で共有されていくと、死刑選択にも影響を及ぼすかもしれません。

 私は、裁判員時代になっても死刑を巡る議論が深化してこなかった最大の理由は絞首刑をめぐる情報が著しく乏しかったことにあると考えています。このため死刑の是非をめぐる議論がどうしても抽象的で観念的になってしまいがちでした。死刑に関する情報が十分に提供された中で議論が行われるべきです。

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 ながたけんじ 1976年生まれ。専門は刑事学。2015年から現職。著書に「死刑選択基準の研究」など。死刑存置派。

 ■《解く》賛否の深層、丁寧に調査を 佐藤舞さん(英レディング大学法学部専任講師)

 英国の大学院で学んでいた当時、英国人の友人たちと話していると多くは日本に対して、芸術やアニメ、科学技術、治安のよさ、などの面でいい印象を持っていました。しかし、犯罪・刑法の話題になると日本に死刑があることに驚き、「まだあるのか」「そんな野蛮な国とは思っていなかった」という反応になりました。

 英国では、死刑執行後に真犯人が見つかり冤罪(えんざい)だったことが明らかになった事件を契機に、1960年代に廃止論が高まり、執行されなくなりました。段階的に廃止する法律が施行され、死刑のない社会に生まれた友人たちは「昔行われていた野蛮な刑罰」と受け止めていました。死刑について深く考えたこともなかった私は、友人の言葉が心に残り、日本の死刑問題を研究テーマに選びました。

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 注目したのは内閣府が約5年ごとに実施している世論調査です。日本は国連人権委員会への報告で「国民の8割が死刑を支持している」ことを廃止できない理由として説明しており、世論調査の結果を死刑存続の根拠としています。

 ところが、その調査の質問項目は、最近変更されるまで「死刑もやむを得ない」「死刑は廃止すべきである」「わからない・一概に言えない」という三つの選択肢から一つを選ぶというやり方でした。

 直近の2014年調査では、「やむを得ない」が80%だったことから、マスコミは「8割が死刑を容認」と報道しました。しかし、この調査で新たに加えられた「仮釈放のない終身刑が導入されれば死刑を廃止すべきか」という質問では、回答者の38%が「廃止する方がよい」と答え、52%が「廃止しない方がよい」でした。「80%」の中には「終身刑が導入されれば死刑は廃止してもいい」という人も含まれているのです。

 公開されている世論調査データから計算すると、将来の死刑廃止も認めず、死刑を「仮釈放のない終身刑」に代替することを認めない「強固な死刑存置派」は全回答者の34%にすぎません。「死刑もやむを得ない」と答えた人の中には強固な存置派だけでなく、消極的存置派や将来的な廃止を容認する人も含まれているわけです。

 調査をするのであれば、単純な二者択一式の質問ではなく、賛否を細かい段階で聞くとか、様々な角度から質問をするべきだと思います。内閣府調査でも初期の調査では、死刑存置、廃止の回答をした人それぞれに、「どんな場合でも死刑を廃止すべきか」など30問以上の質問をしています。最近の調査に比べ国民の意識を理解しようとする熱意が感じられます。

 私は内閣府調査の「死刑存置派」の人をより詳しく調べるため15年、内閣府調査にサンプルの方法や数、設問、選択肢を対応させつつ、追加の質問をする「ミラー調査」という調査を実施しました。その結果、「死刑存置派」のうち71%が「政府が主導権を握り死刑廃止を決めた場合は受け入れる」と回答しました。

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 今後の議論で重要なのは、被害者への支援態勢の充実です。死刑存置の理由について、14年内閣府調査では、「廃止すれば被害を受けた人の気持ちがおさまらない」が首位になりました。1957年調査では存置理由の4位でしたから、被害者の気持ちが重視される傾向が強まっています。

 英国には、「ビクティム・サポート」という犯罪被害者支援のNGOがあり、犯罪が発生すると被害者側に接触して、カウンセラーの紹介、被害者補償の申請方法の説明などきめ細かい支援を実施しており、政府が財政的に助成しています。日本でも、こうした幅広い被害者支援の充実が、死刑の問題を総合的に考える上で重要だと思います。

 (聞き手・いずれも山口栄二)

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 さとうまい 1981年生まれ。専門は犯罪学。2014年に著書「日本における死刑」を英国で出版。15年から現職。

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 〈編集部から〉

 5月20日付「ニッポンの宿題 死刑と向き合う」に掲載した関西大学法学部教授・永田憲史さんの写真について、永田さんから「掲載を望んでいない写真だった」との指摘を受け、削除しました。写真の扱いをめぐる意思疎通が十分でなく、不快な思いをおかけしたことを申し訳なく思っております。

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