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 「新天皇は何をよりどころにして、その象徴的機能を果たすことができるだろうか」「(国民と昭和天皇との間にあった)時代の共有感に代わるものを何に求められるだろうか」

 戦後の憲法制定作業に法制局スタッフとして携わり、当時の憲法担当相を支える「三羽がらす」と呼ばれた故佐藤功・上智大名誉教授が、平成への代替わりのときに語った言葉だ。

 戦前「現人神(あらひとがみ)」として崇敬の対象とされた昭和天皇と違い、現憲法のもとで初めて即位した新天皇は、これから国民とどのような関係を結び、「統合の象徴」の役割を担うのか。佐藤氏に限らず、多くの人が感じた不安であり、期待でもあった。

 ■退位法きょう成立へ

 30年近い歳月をかけて陛下が出した答えが、昨夏のビデオメッセージだったといえよう。

 「多くの喜びの時、また悲しみの時を人々と共に過ごす」「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添う」「常に国民と共にある」

 被災者を励まし、戦没者の霊を慰めるため、皇后さまとともに国内外を旅してきた陛下の姿を、多くの人がこの言葉に重ね合わせた。高齢になって身体が衰え、務めを果たせなくなったとき、天皇はその地位にとどまるべきではない――。メッセージの端々ににじむ考えも、自然に胸に入ってきた。

 憲法が定める天皇の権能は国事行為のみで、それ以外に明確な取りきめはない。国の象徴という公の立場で行われることから「公的行為」と呼ばれるこうした活動が、平成時代の天皇制を支える基盤となってきたことが、今回の退位問題を機に、あらためて明確になった。

 広範な世論の支持を背景に、次の代替わりを実現するための皇室典範特例法案が、きょう参院で可決・成立する。

 ■公的行為と憲法理念

 象徴天皇とは何か、その活動はどうあるべきかをめぐって、この1年多くの議論があった。

 「存在するだけで有り難い」と天皇を神格化し、宮中の奥で祈ることが最も大切な務めだとする右派の声は、さすがに社会に受け入れられなかった。

 別の観点から「動く天皇」への懐疑を説く専門家もいた。公的行為の名の下、天皇の活動が無限定に広がることになれば、その存在感と権威は過度に強まり、危ういとの主張だ。

 日本に破局をもたらした戦前の反省に立って、象徴天皇制が導入された。いつか来た道に戻ることのないよう、しっかりとタガをはめておかなければならないという指摘はもっともで、心しなければならない。

 被災地のお見舞い、戦没者の慰霊、福祉施設の訪問など、陛下がとり組んできた活動が幅広い理解と支持を得たのは、基本的人権の尊重、平和主義、国際協調主義など、憲法がかかげる理念に沿うものだったからだ。陛下の意向を踏まえつつ、内閣の補佐と責任の下で行われてきたのは言うまでもない。

 国民と天皇をつなぐものとして公的行為が重要だからこそ、そこに関心を寄せ、逸脱がないよう、政府の姿勢とあわせチェックしていくことが肝要だ。

 退位特例法案を審議した国会の委員会は、象徴天皇制について、国民の代表が意見を交わす格好の場となるはずだった。だが、法律を混乱なく、すみやかに成立させることが優先され、表面をなでただけで終わったのは残念というほかない。

 公的行為をどう位置づけ、皇室全体でいかに担っていくか。それは、維持すべき皇族の数や規模をどう考えるかという問題と密接にかかわり、女性宮家創設をめぐる議論にも影響がおよぶ。引き続き政府・国会で検討すべきテーマである。

 ■代替わりを前に

 退位、即位、改元と大きな行事に向けた準備が始まる。皇室への関心は高まり、「日本」を意識する機会も増えるだろう。

 その風潮に乗じ、天皇や皇室を利用して、個人より国家を優先する国づくりを進める動きが首をもたげないとも限らない。残念だが、そうした体質はこの社会に抜きがたく存在する。

 一方で、憲法価値に忠実な言動をつらぬく天皇を、改憲志向を強める現実政治に対置させ、期待を寄せる空気が一部にあるのも気になるところだ。

 向いている方角にかかわらず天皇の政治利用につながる行いは、憲法の精神に反し、民主主義の礎を掘り崩しかねない。

 そうした動きを封じるためにも、天皇や皇室に求めるもの、求めてはいけないものについてのルールを、社会全体で論議し共有する必要がある。

 象徴天皇とは何か。国民との関係はいかにあるべきか。少子高齢化が進む社会で天皇や皇族の「人権」をどう考えるか。

 くり返し、息長く問い続け、議論を深めていきたい。それは、「天皇の地位は、主権の存する国民の総意に基づく」と定める、憲法の要請でもある。

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