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 歴代内閣が「憲法上許されない」としてきた集団的自衛権の行使を「許される」に一変させる。安倍内閣の閣議決定から、きょうで丸3年になる。

 閣議決定を読み直すと、その強引さに改めて驚かされる。

 行使容認の根拠は1972年の政府見解だ。憲法は自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするための自衛の措置を禁じていない。ただ、武力行使が許されるのは、外国の武力攻撃から国民の生命や権利を守るため、必要最小限度の範囲内にとどまるべきもので、他国への武力攻撃を阻止する集団的自衛権の行使は「憲法上許されない」と結論づけている。

 だが閣議決定は「基本的な論理」は維持するとしながら、他国への攻撃でも「許容される」と結論をひっくり返したのだ。

 閣議決定が反映された安全保障関連法の国会審議でも、ずさんな議論がまかり通った。

 典型は中東ホルムズ海峡での機雷掃海だ。安倍首相は「(原油が)途絶えれば救急車などのガソリンはどうなるのか。寒冷地で命にかかわる問題となりかねない」と述べ、集団的自衛権行使の必要性を強調した。

 だが、それが「国家存立の危機」だと納得する国民がどれほどいたか。案の定、首相は法成立直前に一転、掃海の実施について「現実問題として想定していない」と発言を覆した。

 それでも政府与党は、さらなる議論を望む国民の声を押し切って強行成立させた。

 安保法運用にあたっても、手前勝手ぶりは変わらない。

 南スーダンでの国連平和維持活動。「戦闘」を「衝突」と言い換えて部隊派遣を継続し、駆けつけ警護の新任務を付与して安保法の実績をつくった。

 象徴的なのは、稲田防衛相の「憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではない」との発言だ。憲法に従うのではなく、現実をねじ曲げる。政権の憲法軽視の体質が見て取れる。

 米軍艦船を海上自衛隊が守る「米艦防護」も実施されたが、政府は今もその事実を公表していない。首相自身が国会で明言した「最大限の情報を開示し、丁寧に説明する」との約束は、あっさり反故(ほご)にされた。

 集団的自衛権の行使容認ありきで結論を急ぎ、憲法と安全保障をめぐる本質的な議論は置き去りにされた。議論の基盤を築き直すには、ごまかしの上に立った閣議決定と「違憲」の法制を正さなければならない。

 それをしない首相に、憲法改正を語る資格はない。

 議論はまだ終わっていない。

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