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 長崎で60年以上にわたって被爆者運動を先導した谷口稜曄(すみてる)さんが、88歳で亡くなった。

 16歳だった72年前の8月9日、爆心地から1・8キロで郵便配達中に被爆し、背中に大やけどを負った。変わり果てた自らの体の写真を手に、原爆のむごさを語り続けてきた。

 背中の皮は薄いまま。痛みに耐えて国内外を駆け回った。肺活量も人の半分ほどしかないが、証言時は振り絞るように力強い声を出した。その言葉に心打たれた人は数え切れない。

 13年には谷口さんと共に運動を引っ張った山口仙二(せんじ)さん(享年82)が世を去った。ここ半年の間にも、被爆者治療に尽力した肥田舜太郎(ひだしゅんたろう)さん(同100)、広島への原爆投下の一報を伝えた岡ヨシエさん(同86)、米国で被爆証言を重ねた据石和(すえいしかず)さん(同90)が亡くなった。

 被爆者健康手帳を持つ人は3月現在で16万4621人。最近は年9千人超のペースで減っている。被爆者の声が聞けなくなる時は着実に近づいている。

 核兵器の特質は、圧倒的な非人道性だ。谷口さんがそうだったように、平凡な市民が突然、「被爆者」として生きる運命を背負わされた。さらに無数の市民が声も出せずに殺された。

 「もう二度と誰も同じ運命に遭わせたくない」という被爆者の訴えは、世界中の市民に共感を持って受け止められてきた。

 7月には核兵器禁止条約の採択という大きな前進があった。ただ、「核兵器のない世界」はなお遠い。命をかけて走ってきた被爆者のバトンを受け取り、夢の実現を目指すのは、これからを生きる世代の役割だ。

 被爆者と接し、動き出している人たちは各地にいる。

 谷口さんらの呼びかけで昨年始まった「ヒバクシャ国際署名」は今年6月までに296万筆を集めた。キャンペーンリーダーの大学院生、林田光弘(みつひろ)さん(25)は「被爆者一人ひとりの人生を思い、核兵器廃絶は僕らの問題なんだということをもっと伝えていきたい」と語る。

 広島、長崎両市や東京都国立市は被爆者に代わる語り部の養成に取り組み、これまでに延べ100人以上が巣立った。肉親に被爆体験がないという人も少なくないが、誰もが被爆者の声に耳を澄ませ、思いを正しく伝えようと努力を重ねている。

 北朝鮮が核実験を繰り返すなど、世界では核兵器の力に回帰するかのような動きがある。市民が犠牲になる事態を繰り返してはならない。被爆者の意志を継ぎ、廃絶を目指す草の根の潮流を太くしていきたい。

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