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 金融庁が来年度に向けた組織再編案を発表した。金融機関の検査と監督の機能を一体化し、金融行政のあり方を体制面でも見直すという。

 従来の組織は、銀行が巨額の不良債権を抱えこんだ90年代末から00年代初めに作られた。厳格な立ち入り検査と処分を連発し、金融健全化を半ば力ずくで進めた時代だった。

 だが、問題が一段落した後も前例踏襲が続き、処分を恐れた金融機関側が萎縮するといった副作用も指摘されてきた。金融庁は従来の検査・監督が「形式、過去、部分」にこだわりすぎていたと反省し、「実質、未来、全体」に視点を広げる方針を打ち出している。

 一連の改革について、大きな方向性は支持したい。

 金融機関の経営環境はこの20年で大きく変わった。低金利が一段と強まり、新しい金融技術の開発が進む。地域経済は高齢化や人口減少に直面している。

 一部の地方銀行などが現状に十分対応できているか、確かに心もとない。今は不良債権がなくても、担保重視と金利引き下げ競争だけではじり貧になり、将来、行き詰まりかねない。金融庁が、より実効的な検査・監督に乗り出すことは不可欠だ。

 ただ、懸念もある。麻生金融担当相は、体制を変える理由について「金融機関の処分より育成を優先する時代になってきた」と説明した。処分ありきはおかしいが、行政による「育成」も行き過ぎではないか。

 一般の民間企業に対する以上に、銀行経営に対して公的な介入が正当化されるのは、利用者の保護に加えて、破綻(はたん)すれば連鎖的な金融危機を招きかねず、社会的コストが大きいからだ。長期的な視点で金融機関の健全性をチェックするのは行政の役割であり、行政に集まる関連情報の提供なども有用だろう。

 だが、経営力の向上は、基本的には民間企業が競争のなかで見いだすべきものだ。経営責任を負わない行政が、自らの能力を過信したり、過剰な介入をしたりすることがないよう、自戒してほしい。

 金融庁は近年「経済成長への貢献」も強調している。だが、金融庁の任務は「金融の安定と利用者の保護、金融の円滑化」が基本であり、それが結果的、長期的に、経済全体の成長につながると理解すべきだ。

 日銀をはじめ、先進国の中央銀行は異例の金融緩和を続けてきた。一部の土地などで急激な値上がりも見られる状況だけに、金融の安定という原点を忘れてはならない。

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