[PR]

 「国民から疑念の目を向けられるのはもっとも。その観点が欠けていた」「丁寧に説明を重ねる努力を続けたい」

 2カ月足らず前、加計学園問題をめぐる衆参予算委員会の閉会中審査にのぞんだ安倍首相は、おわびの言葉を重ねた。

 あれは口先だけだったのか。政権全体の姿勢を疑わざるをえない発言が飛び出した。

 臨時国会の冒頭で衆院を解散するというのは、森友・加計学園の「疑惑隠し」ではないか。だれもが抱く思いに対し、自民党の二階俊博幹事長が記者会見でこう答えたのだ。

 「我々はそんな小さな、小さなというか、そういうものを、問題を隠したりなどは考えていない」

 言いたいことが二つある。

 まず、森友・加計問題は「小さな問題」などではない。

 行政は手続きにのっとり、公平・公正に行われているか。権力者である首相との距離によって、分け隔てがあるのではないか。正確に記録を残し、適切に開示して説明責任を果たすという務めを理解しているか。

 両学園をめぐって国民から噴き出したこれらの疑問は、民主主義と法治国家の根幹にかかわる、極めて重いテーマだ。

 だからこそ、政権の不誠実な対応に国民は怒り、落胆した。それは7月の東京都議選で自民党の大敗をもたらし、内閣支持率の低下を招いた。

 そのことを早くも忘れ、おごりに転じたと見るほかない。

 「隠したりなどは考えていない」が真実ならば、堂々と国会審議に応じよ。これが言いたいことの二つ目だ。

 憲法に基づく野党の臨時国会の召集要求を3カ月も放置した末に、衆院解散によって状況のリセットを図る。政権のふるまいと二階氏の発言は、まるでつじつまが合わない。

 真相解明の鍵を握るとみられながら口を閉ざしたままの人がまだまだいる。首相の「腹心の友」で加計学園理事長の加計孝太郎氏、森友学園の小学校の名誉校長を引き受け、講演もしてきた首相の妻昭恵氏らだ。国会で話を聴く必要がある。

 記録の開示もまったく不十分だ。内閣府や財務省は「文書はない」「廃棄した」をくり返し、恥じるそぶりも見せない。この国の行政はそんないい加減な官僚によって担われているのか。本当ならば、その弊をただすために審議を尽くし、手立てを講じるのが、与野党を超えた立法府の責務ではないか。

 このままでは「疑惑隠し」の汚名が消えることはない。

こんなニュースも