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 街頭演説にヤジはつきものかと思いきや、最近は「選挙妨害だ」と弁士たちが反応する場面が目立つ。街頭演説は黙って聞くべきなのか? 演説中に聴衆が意思を示すのはダメなのか。街頭演説の「作法」とは――。

「黙っておれ」

 「わかったから、黙っておれ!」

 14日、大阪府守口市での街頭演説で、二階俊博・自民党幹事長のこんな声が響いた。演説中、聴衆から「消費税を上げるな」との声が上がり、その後もヤジがやまなかったためだ。

 安倍晋三首相もあちこちでヤジを浴びる。15日の札幌市の街頭演説では「辞めろ」「安倍内閣は金持ちの味方だ」といったヤジが飛んだ。演説中に「やめろ!」というプラカードが掲げられる一方、逆に聴衆から「静かにしろ」などの声が上がることもある。

首相発言波紋

 演説中のヤジやコールに焦点が当たったのは、7月の東京・秋葉原で安倍首相が発した言葉がきっかけだ。東京都議選の応援演説中に、首相に対する「帰れ」「やめろ」のコールが起こり、首相は「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と返した。

 菅義偉官房長官は記者会見で「妨害的行為があった」と述べたが、小林良彰・慶大教授(政治学)は、「公選法に明確な基準がない以上、マイクを取り上げるなど物理的行為がなければ、選挙妨害とまでは言えないのではないか」とみる。一方で、「聴衆が演説内容を聞くことができなければ、選挙妨害に該当する可能性が高い」(岩渕美克・日大教授=選挙研究)との見方もある。

 演説中のヤジは昔からある。NHKの映像によると、1960年に浅沼稲次郎・社会党委員長が刺殺された演説会には、右翼団体が入りこみ「演説が聞き取れないほど」のヤジを飛ばしていた。古くは明治時代の自由民権運動の際、「各地の演説会では、ヤジや投石が行われ」(高知県宿毛市史)との記録がある。

 とはいえ、政治コミュニケーション論が専門の逢坂巌・駒沢大准教授は「演説を聞きたい人の権利はどうなるのか」と指摘する。「話が聞き取れなくなるほどの集団的なヤジやコールは、演説を静穏に聞く権利をふみにじる」と批判。逢坂さんは秋葉原で首相の演説を聞こうと最前列に陣取っていたが、首相に抗議する人たちが来て、その場からはじき出されたという。

 数多くの選挙に立候補し、街頭で多くのヤジを浴びてきたマック赤坂さんも「秋葉原のようなコールは絶対にダメだ。民主主義の否定になる」。一方で、マックさん自身、小池百合子都知事の街頭演説会場で声を上げたことがあるが、「私は相手が話している最中は絶対に声は上げない」。司会者が演説者にマイクを渡す合間などを狙って声を出すのだという。「民主主義は言論で成り立つ。演説を集団で邪魔するのは相手がマックだろうが、首相だろうが控えるべきだ」と話す。

「対応、政治家判断の材料に」

 声を上げる側はどう思うのか。さいたま市の武内暁さん(69)は「有権者の意思を表すのがどうして演説の妨害なんですか?」。秋葉原での首相の演説に友人と駆けつけた。最近の国会答弁を見て、議論が成り立っていないと感じた。「ならば、直接民主主義の手法で、主権者が声で権利を行使する場所があっていい。演説を聞いて欲しいなら『聞いてくれ』と言えばいい。それが対話だ」

異論混じる場

 秋葉原で首相に「こんな人たち」と指されたC.R.A.C.(対レイシスト行動集団)の野間易通さん(51)も「そもそも街頭は異論が混じり合う場所。どう対応するかも含めて政治であり、政治家を判断する材料になるはずだ」という。

 例えば、オバマ前米大統領は在任中の16年11月、大統領選の民主党候補クリントン氏の集会で、共和党のトランプ氏支持者が演説を邪魔して場内が騒然とした際、自らへのヤジやコールではなかったが、「みんな静かに。私は真剣だ」「ブーイングをやめよう、投票しよう」と呼びかけた。

 さらに野間さんは、「市民が圧倒的な力を持つ権力者に向かって肉声で叫んでいるのに、『静かに聞くべきだ』なんて学校的道徳を持ち出してなぜ断罪できるのか」とも提起する。街頭での政治活動を取材してきたフリーライターの岩本太郎さんは「秋葉原のような『事件』を繰り返しながら、なんとなく答えが定まっていくのが社会というもので、答えも一つではない。演説の聞き方に善悪の線引きができると考えること自体、怖いことだと思う」と話す。

 (田玉恵美)

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