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 20年前の11月、北海道拓殖銀行と山一証券が続けて破綻(はたん)し、金融危機が本格化した。信用不安が社会を覆い、その後も大型破綻が相次いだ。危機を乗り切るため、巨額の公的資金の投入や大規模な再編が続いた。

 10年前の米国発の金融危機のときは、邦銀は安定を保った。一部では資金の出し手となり、海外業務への進出も続いている。東京・大手町には、経営統合で巨大化した大手銀行の真新しいビルが立ち並ぶ。

 だが、表面の安定とは裏腹に、日本の金融業界は新たな難題に直面しつつある。

 3メガ銀は今年、相次いで大幅な業務見直しや人員削減の計画を打ち出した。背景には、低金利の長期化に加え、情報通信分野の技術革新の波がある。

 伝統的な貸し出し業務の利ざやが減る一方で、これまで銀行が担ってきた決済や送金には、他業態からの参入が見込まれる。コスト削減だけでなく、新しいサービスの開発と提供が不可欠になっている。

 地方銀行は、人口減少や地域経済の低迷の影響もあり、稼ぐ力が確実に奪われつつある。金融庁や日銀が早期の対策を促しているものの、進展ははかばかしくないようだ。

 いずれも、20年前のような危急の事態が迫っているわけではない。だが、前回の危機の発端にも、金融自由化が進む中で、大企業への融資を主体とするビジネスモデルが転換を迫られるという状況があった。

 そのとき、自らの新たな社会的役割を十分に見いだせず、「土地神話」に頼って不動産担保融資にのめりこんだ銀行が、巨額の不良債権を抱え込んだ。問題が生じた後も、ため込んだ「含み益」で対応できると油断し、対策を先送りした揚げ句、破局に至った。その教訓を思い返すべきだろう。

 金融の課題は、銀行の健全性だけではない。

 日本経済全体でみると、金融危機後の20年間、金融機関をのぞく民間企業部門はほぼ毎年、資金を返す側に回っている。家計の貯蓄が企業に回って投資され、経済が拡大するというかつての流れは過去の話になり、逆方向の動きが定着している。

 そうした「金余り」の一方で、新しい事業の創出に向けてリスクをとる資金の出し手が、国内には不足している。そう指摘されて久しい。

 金融システムに求められるのは、おカネを最も有効に使うところに回すという役割だ。その機能がきちんと発揮されているか、不断の問いかけが必要だ。

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