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医療サイト・アピタルでの連載も、もう5年を超えました。

このコラムでは、私の専門とする認知行動療法について、わかりやすく、日常的にみなさんの悩みの解決に活用していただくことを目指して書いてきました。

長い連載ですので、「認知行動療法」とはなにか、という説明を定期的に行ってきました。しかし、理論づけて、歴史的なところにも触れながら話をしたことはまだなかったように思います。

そこで今回から、リニューアルという節目に合わせて、認知行動療法をちょっと専門的にご紹介していこうと思います。ちょっと専門的にというのがポイントです。

こちらのサイトでは「わかりやすいけど、専門的で正確な情報を発信する」というのが目的ですので、文章の表現は今までどおり「高校生にもわかる」を目標に。ただ、中身は心理学系の大学院や専門職の研修で習うくらいの専門的な内容にしていきたいと思います。

とはいえ、私は難解な文章や文学的な文章を書くセンスは皆無ですので、これまでどおりの易しい文章が続きますので、ご安心下さい。

 

今回はまず、「認知行動療法の誕生前夜」についてご紹介します。

そもそも認知行動療法は、カウンセリングの一種です。ものの捉え方や行動パターンに介入して気分の改善や問題解決を目指すのが大きな特徴です。

認知行動療法には、大きく分けて2つのルーツがあります。「行動療法」の流れと「認知療法」の流れで、どちらもだいたい1960年ごろに誕生しました。今回はこの少し前、認知行動療法の生まれた背景に触れていきたいと思います。

写真・図版

まずは、行動療法の流れからいきます。図でいうと、上半分のところですね。時代は、1920年代までさかのぼります。

みなさんは「パブロフの犬」の話をご存じですか? 犬に餌をやるときに常にベルの音を聞かせていると、そのうちにベルの音だけでよだれを出すようになるという、あのお話です。

実は、これは行動療法の誕生前夜の大きな発見と言われ、シンプルでありながら現在の認知行動療法の骨組みに当たる部分と言っても過言ではありません。

イワン・パブロフ(Ivan Pavlov、1849~1936)は、1904年に消化腺の研究でノーベル生理学・化学賞を受賞したロシアの生物学者です。

パブロフはもともと、犬が餌を食べたときに、口や胃の中でどのような分泌液が出ているのかを調べていました。いつも餌の時間に部屋を訪れるパブロフの姿を見て、犬は「もうすぐ餌がもらえる!」とわかり、唾液(だえき)を分泌していました。これはごくごく自然な反応です。

しかしある日、パブロフが餌を持たずに部屋に入ったときにも、犬は「餌がもらえる!」と思って唾液を分泌したそうです。外で飼っている犬が、飼い主が近くを通るだけで「散歩してもらえる!」と勘違いして喜びだす、みたいなかんじです。犬を飼っている方なら、おそらく何らかの似たような経験をお持ちなのではないでしょうか。

誰も特に気に留めなかったこうした現象に対して、パブロフも当初は「また勘違いして、よだれを垂らして。厄介だ」と捉えていたようです。

しかし、しばらくしてパブロフはこう考え出すようになりました。「この犬は、私が部屋に入ってくる姿と餌を、結びつけて学習したのではないか?」

このことを裏付けるために、数々の実験が行われました。パブロフは、餌の時間にベルを鳴らしてから餌をやるようにしたのです。案の定、犬はベルと餌を結びつけて学習し、餌が目の前になくてもベルの音を聞いただけで唾液を分泌するようになりました。

写真・図版

このように、本来もっている生理的な反応ではない新たな結びつき(=ベルの音を聞いて唾液を分泌すること)が学習されたことを、パブロフは「条件反射」と呼びました。

これは今でも「古典的条件づけ」という重要な学習の形態のひとつとして、教育や福祉、医療の現場で用いられています。行動療法の重要な仕組みのひとつです。

どんな用いられ方をしているか、いくつか紹介してみましょう。

 

●お酒を飲むといつも泣いてしまう人(泣き上戸)

お酒を飲むと笑い上戸になる人、泣き上戸になる人、説教が始まる人などさまざまですね。これらの酒癖を引き起こすメカニズムの説明に、古典的条件づけは有効です。

パブロフの犬の例に当てはめながら説明します。

泣き上戸の方は、その癖が始まったその当時、なんらかの悲しい出来事があったのかもしれません。「失恋」とか「休日に友達がなかなかつかまらない孤独」とかがそうです。

このように、「あ、それを経験したら泣きたい気分になって当然だな。それが自然の反応だな」という結びつきを、私たちは生まれつき持っています。これが、パブロフの犬でいう「えさと唾液の関係」です。(条件反射です)

この人が、そうした悲しい出来事を味わったときに、お酒を飲んだとします。こうしたことが何回か重なると、私たちは「悲しい出来事」と「酒」を結びつけて覚えるようになります。これが古典的条件づけです。はっきりと意識しなくても、脳が覚えてしまうかんじです。

いったんこの結びつきができると、次にお酒を飲んだ時、特に悲しいことがあったわけでなくても泣いてしまうというわけです。

写真・図版

 

●寝る前スマホが寝付きを悪くする一因

夜更かしがなかなかやめられない方はいらっしゃいませんか。

私はよく布団に入りながら、スマホをいじってしまって、気づけば1時間経っているということもあります。寝る前にスマホのような光をみることで、睡眠障害を引き起こしているというニュースを目にしながらもやめられずにいます。たしかに寝付きは悪くなりますね。

この現象も、実は「古典的条件づけ」で説明がつきます。

先ほどのパブロフの犬の例と比べて図示してみましょう。

今回は2段階の学習がなされています。まずは、スマホが普及する前、布団に入ってそのまま寝ていた頃の古典的条件付けです。

写真・図版

一日の活動が終わり、寝るための支度を終え、そろそろ就寝時間が近づくと、自然に眠くなります。このとき、布団に入るという習慣が小さい頃から付いていれば、就寝時間が近づいて布団で横になると、条件反射的にすっと眠りにつくことができるようになります。これが正常な睡眠です。

しかしスマホが普及して、寝る前に布団の中でスマホを触るのが習慣化してくると、次のような新しい学習が始まります。長年かけて築いてきた「布団では寝る」という古典的条件づけにとってかわってしまっているのです。

写真・図版

 

次回は、このメカニズムの分析をもとに、問題をどのように解決するかについて、古典的条件づけが果たす役割を解説します。

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部などを経て、現在は福岡県職員相談室に勤務。福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪加害者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。趣味はカフェ巡りと創作活動。

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