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ここまで、認知行動療法の源流となるふたつの流れのうち、行動療法のベースとなった学習理論についてご紹介してきました。

そして前回(http://www.asahi.com/articles/SDI201512165341.html)は、その中の「レスポンデント条件づけ」を紹介しました。

今回は、同じ時代に発見されたもうひとつの偉大な学習理論「オペラント条件づけ」をご紹介いたします。

アメリカでめざましい発展を遂げたこの理論は、「赤ちゃんの夜泣き」にも応用することができます。今回はその「赤ちゃんの夜泣き」にも触れながら、この理論を解説していきます。

 

「オペラント条件づけ」という言葉を用いてこれまでの学習理論を整理し、行動分析学を生み出した心理学者がB.F. Skinner(1904~1990)です。彼は、スキナー箱とよばれる装置を試行錯誤で作り上げ、次のような実験をしました。

スキナーは、空腹のネズミを箱に入れました。この箱には、レバーがついており、そのレバーを押すと餌が出てくる仕組みになっています。

ネズミにはそんなことはわかりませんから、初めて入れられた箱の中で、動いたり触れたりしながら探索します。その過程で、あるとき偶然前脚がレバーに触れ、餌が出てきたのです。

1回目は「偶然の結果=棚からぼたもち」という構図ですが、2回目、3回目と続くと、やがてネズミもあることに気づくようになります。

「おや? もしかしたら、このレバーを押せば餌がもらえるのかもしれない」

ネズミは言葉を話しませんので、心の中でこんな思考を持っているとは思えません。しかしレバーを押した結果、餌を得ることができるという仕組みを学習するというのです。

写真・図版

 

当時、言葉を話せないネズミが、学習しているなどという考え方に、懐疑的な人の方が多くいました。「それは単なる本能だろう」と誰もが「学習」という概念を動物に当てはめることを滑稽に感じたかもしれません。

しかし、ネズミのような哺乳類だけでなく、数々の実験から広く他の動物にも同様に学習が見られることがわかりました。

 

■行動の後に原因があるという考え方

ふつう、ある行動が起こされる原因は、その行動に先だってあると思われがちです。たとえば「のどが渇いたから、お茶を飲んだ」のようなかんじです。お茶を飲むという行動には、時間的にそれよりも前の時点にお茶を飲む行動を起こす原因があると考えるわけです。

しかし、オペラント条件づけの考え方は逆です。行動の後に原因があると考えます。

「お茶を飲んだ結果、のどを潤すことができたから、またのどが渇いたときには同じようにお茶を飲む行動をとるようになる」と考えるのです。つまり、お茶を飲むという行動が継続していくには、飲むことでなんらかのメリットを得ているから、と考えるのです。

この場合、「のどの渇きがなくなり潤う」という結果を得るための「お茶を飲む」という行動は、道具のような役割を果たしています。そのため、オペラント条件づけは「道具的条件づけ」とも呼ばれています。

 

オペラント条件づけから発展した数々の治療法は、アメリカの精神科病院の入院治療など、慢性の精神障害者への治療で成果を上げました。

この流れは、教育分野でも教育プログラムの開発に大きな影響を与えましたし、今日も、養護学校や療育施設の現場で広く取り入れられています。

 

■実はいたるところに見かけるオペラント条件づけ

みなさん、スーパーで「あれ買ってよ、買って~」とだだをこねて泣いている子どもを一度はみたことがあるはずです。そのような行動をオペラント条件づけで説明してみましょう。

 

子どもが母親とスーパーのお菓子売り場を通りかかりました。子どもはお菓子をひとつ手に取って母親にねだります。しかし母親は「ダメよ、もう今日は食べたじゃない」とお菓子を買ってあげません。そして、子どもがだだをこねだしたという場面を想定してください。

このとき、もし母親が「泣き続ける我が子の大きな声がスーパーの他のお客さんに迷惑をかけるのではないかと心配する」もしくは「子どもを泣かせているだめな母親だと他人から評価されたくない」といった理由で周囲の視線を気にした結果、「もう、仕方ないわね。今日だけよ。ちゃんとスーパーでは静かにしていなくちゃだめじゃない」などと渋々買い与えたとします。

母親としては、なんとかその場をしのぐことができたし、「スーパーでは静かにしてないといけない」というルールを教えた気でいるかもしれません。

しかしこのとき、「オペラント条件づけ」を用いれば次のような学習が行われたことになるのです。

写真・図版

 

そうです。この図でいけば、また別の日にその子どもが母親とスーパーに買い物に来て、また欲しいお菓子があって、また母親に「だめ」と言われたときには、子どもはきっとだだをこねることでしょう。

過去にだだをこねることで、お菓子を無事に手にすることができているのですから、あまり意識しなくても身体が自然に覚えているかんじです。「よし、まただだをこねたら、お菓子を買ってもらえる!」と本人がはっきり意識しなくても、です。

 

あまり意識しなくても、オペラント条件づけが身体に染み付いているという、他の例を挙げてみましょう。

赤ちゃんの「夜泣き」も、このオペラント条件づけで説明できます。ここでは「生後6カ月以上の赤ちゃんが、授乳以外の方法では決して泣きやまず、夜中に何回も起きること」を夜泣きの定義とします。

夜泣きの原因はいろいろ研究されていますが、最も有力なメカニズムの説明がこのオペラント条件づけであり、これに基づいた治療法が功を奏しています。実際、夜泣きの研究が進んでいる欧米では、夜泣きの報告がほとんどありません。夜泣きを未然に防ぐために、オペラント条件づけを巧みに用いた入眠に関する親のかかわりが、夜泣き大国の日本とはまるで違うからです。

夜泣きの赤ちゃんは、夜中目が覚めるたびに泣いて、おっぱいを欲しがります。赤ちゃんによっては、ミルクやパン、DVDを要求し、それがかなうまで何時間でも泣き続けるというタイプもいるようです。

夜泣きを誘発する習慣として有名なのが、授乳しながら寝かしつけることです。そろそろ眠くなった時間帯に、おっぱいを口にふくんだまま眠りにつくというのが習慣となっているとき、眠りたいときには、おっぱいを要求すれば眠ることができるということを赤ちゃんは体得します。

つまり、さきほど図の上半分の部分に当たる学習がなされるわけです。

睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があり、一晩のうちに何回か眠りが浅くなる時間帯があります。睡眠サイクルが未成熟である赤ちゃんの時期には、この眠りの浅くなった時期にふと目を覚ましてしまうことがよくあるそうです。

自力で眠れる赤ちゃんであれば、この浅くなったときに自力で再び眠りにつくことができるため、夜泣きをしません。しかし、寝るときの入眠儀式のように授乳が習慣づいている赤ちゃんは、自力で眠りにつくという行動を学習するチャンスがありません。つまり、自力で入眠することをまだ知らないのです。

そのため、夜中に目が覚めて再び入眠するのが困難である状況では、泣いて要求すれば、授乳してもらえてまた眠ることができると思うのは当然と言うことです。生後間もない言葉も知らない赤ちゃんが、「夜中目が覚めてまた眠りたいときには、泣けば、ちゃんとおっぱいがもらえて、また眠れるんだ」と学習しているというのです。

 

「オペラント条件づけ」は、実は案外身近に存在していることをご理解いただけたかと思います。

次回は、教育や医療現場での実際の用いられ方をご紹介します。

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/

(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。

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