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 前回、たばこの消費量と肺がん死亡率のグラフを見比べてみて、喫煙と肺がん死亡との間に関連があることを示しました。しかし、注意深い読者の方の中には「これだけの理由で本当に喫煙と肺がんの間に関連があると言っていいのか?」という疑問をもつ方もおられると思います。

 前回のグラフでは、たばこの消費量は1900年から上昇し1960年代から減少傾向を示しています。おりしも欧米先進国で工業化がすすんだ1950-60年代、有害化学物質とか大気汚染物質も同じように増えた時代です。「肺がんの原因は化学物質や大気汚染。たばこが原因だとするのは、科学者の偏見、決めつけだ」という意見もあり得るでしょう。

 確かに、実際にある統計資料のグラフだけで検討した今回の手法には限界があります。「喫煙によって肺がんになる可能性は増えるか?」という問いを科学的に調べるためには、もう少しきちんとした方法で立証する必要があります。そのために役立つのが、疫学独特の研究手法の一つ「コホート(Cohort)研究」です。

 いきなり「コホート」と言われてもピンとこない人が大半と思いますが、コホートとは古代ローマの「300-500人の一連隊」のことを示します。ちなみにインターネットで英語辞書を引いてみると、コホートの同意語として「supporter(サポーター)」「group(グループ)」が、日本語翻訳として「仲間」、中国語では「支持者」があがっています(インターネット辞書って面白いですね)。

http://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/cohort別ウインドウで開きます

 さて、疫学では研究を計画する段階でこの「コホート」を設定し、長期間その集団を追っていくことで、原因と思われるものと病気との関係を検討します。前回ご紹介したDollたちの研究では、イギリスの男性医師の集団を対象にして、その医師集団を長い期間追跡をして、病気にかかったり死んだりした人数を数え上げました。下に示した図がそれにあたります(Mortality in relation to smoking: 50 years' observations on male British doctors (BMJ 2004;328:1519)より)。

https://www.ctsu.ox.ac.uk/research/mega-studies/british-doctors-study別ウインドウで開きます

写真・図版

 これは、1910-1919年に生まれたイギリスの男性医師を50年間追跡して死亡率を示したグラフです(英国医師研究)。横軸は年齢、縦軸は35歳からの生存率をさします。たとえば50歳くらいのとき、たばこを吸っていない集団では生存率が97%なのに対し、たばこを吸っている集団では94%と、死亡した人の割合が3ポイント開いていることがわかります。この開きが年齢を追うごとに大きくなっていき、80歳で生存していたのは吸っていない集団で59%、吸っている集団で26%と、33ポイントも開いてしまうことがわかると思います。

このような方法を用いて、Dollたちは、たばこを吸っている/吸っていない集団を統計データで単に比べるのではなく、直接追跡調査をすることによって調べ上げ、死亡率に開きが出てしまうことを示し、「たばこは死亡を増加させる要因である」と結論づけたのでした。

 「原因は化学物質や大気汚染だ」という主張に関しては、この集団は喫煙習慣の有無で分けているだけなので、化学物質や大気汚染の影響がどちらかのグループだけに大きく偏っている可能性は低いと思われます。それゆえに、仮に化学物質などの影響があったとしても、「たばこが死亡増加の要因」という結論そのものは揺るがないわけです。

 ちなみに「たばこを吸うと寿命が10年縮む」という話を聞いたことのある人がいるかもしれません。これも英国医師研究から明らかになっており、以下のグラフがそれにあたります(1900-30年の英国医師の結果)。

写真・図版

 日本でも同じような検討が行われており、男性で8歳、女性で10歳程度縮むと報告されています。 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23100333別ウインドウで開きます

 さて、コホート研究は便利で、内容も比較的わかりやすいのですが、実際に行うのはなかなか大変です。

 みなさん、学校のクラスの同窓会の幹事をされたことはありますか? 同窓会ではまず卒業生という「仲間(集団)」に連絡を取るところから始まります。マメに連絡をとっていれば問題ないですが、そうでないと「あの人はいずこへ?」のような状態になります。数十人程度の卒業生の追跡でも大変なのに、コホート研究のような数千、数万人の集団の追跡となると、すでに一人の研究者ができる範囲を超えています。

通常は研究チームを組織し、参加者の同意を得たうえで、参加者のモチベーションを上げるような資料配布など様々な工夫をして、参加者とともに研究を進めていきます。 このように大変な時間と労力をかけ実施するコホート研究ですが、英国医師研究ではその当時喫煙率の高かった男性に照準をしぼり、医学的知識をもち、医師会という結束力の強い組織(仲間)をもつ医師を対象としたところに、研究成功のひけつがあったように思います。

 コホート研究は通常行われる統計調査(アンケートなど)と異なり、ある要因をもつ/もたない人々が病気を起こすかどうかについて調べるために、個人の追跡という方法を使って調べています。「○○とがんは関連があることが××の研究から報告された」という新聞記事を目にされた際は、「△△年間追跡」などという語句が入っているかみて、コホート研究かどうかをチェックしていただきたい思います。

<アピタル:疫学でヘルシーチェック>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/ekigaku/(アピタル・村上義孝)

アピタル・村上義孝

アピタル・村上義孝(むらかみ・よしたか) 東邦大学教授

東京大学大学院医学系研究科保健学専攻博士課程修了(保健学博士)。大分県立看護科学大学、国立環境研究所、滋賀医科大学を経て、2014年東邦大学医学部教授(社会医学講座医療統計学分野)。専門は疫学、保健統計学、大規模データベース研究(循環器疾患)や政府統計の高次利用の研究などに携わっている。