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 マサオさんの胃がんの手術を控え、ナオコさんにはもう一つだけ気がかりなことが残っていました。それは、2人の娘とマサオさんの両親に病気のことを伝えるかどうかということです。ナオコさんとマサオさんは、この問題に対してどのような決断をしたのでしょうか。

 「マサオさんは心配をかけたくないからいいたくないというけれど、それで本当にいいのかしら……」とナオコさんは一人で悩んでいました。インターネットで「子どもに親のがんを伝える」と入力して検索してみると、いろいろな情報が掲載されています。いくつかの記事に目を通してみると、「親が事実を隠していても子どもは親に大変なことが起こっていることを敏感に感じ取っていて、隠されることによって不安がどんどん膨らんでいきます」といった趣旨のことが書かれています。

 「娘たちは大学生と高校生になっているし、きちんと話したほうがいいわよね……」とナオコさんは思いました。でも、50年近くも生きてきて、いろいろな経験をしたはずの自分が夫のがんを受け止めるのにずいぶん時間がかかったことを考えると、はたして娘たちは受け止めきれるのだろうかと不安が募ります。

 「隠されることによって不安が膨らんでいく、なんて書かれると、親としては伝えなきゃいけないのかと無言の圧力を感じるよ……」とマサオさんがぼそっとつぶやきました。

 そのつぶやきにナオコさんも同感です。そして、「マサオさんの病状がこの先、どうなるのかわからない中で、娘たちが父親のがんを受け止めきれなかったとき、私には十分に寄り添ってやれるほど気持ちの余裕はないかもしれない……。マサオさんを支えるだけで精いっぱいだもの。やっぱり、このまま黙っていようかしら……」とも考えるのでした。

 ナオコさんのように子どもに親のがんを伝えたほうがいいかどうかを人知れず悩む人は大勢います。その悩みはさまざまで、「隠しておけるものではないから伝える」と決めた後も「何を、どこまで、どのように」伝えればよいのかわからず困ってしまう人が少なくありません。しかし近年、これらの悩みを含め、がんの親を持った子どもをサポートする動きが医療界では広がっており、その数は少ないものの専門に対応してくれる医療スタッフ(臨床心理士、チャイルド・ライフ・スペシャリスト※)を配置する医療機関もあります。

 ※チャイルド・ライフ・スペシャリスト…北米で誕生し発展してきた職種で、医療を必要とする子どもやその家族が抱える精神的な負担を軽減し、主体的に治療や療養に取り組めるようにサポートする専門職。

 臨床心理士やチャイルド・ライフ・スペシャリストなどの専門家は、がんを患う親から相談されても子どもに親のがんを伝えることを強要することは決してありません。親の気持ちに寄り添いながら、"子どもの立場"から親にアドバイスをしていきます。

 そして、子どもに伝えることを決心した親に対して、子どもの発達年齢に合わせてどのような話し方をすれば理解しやすいのか、予測される反応にはどのようなものがあるのか、そのときにどう対応すればよいのかなど、がんを伝えるときのポイントを具体的に示し、親が子どもに真実を告げる作業を手助けします。また、患者さんや家族が望めば、伝えた後も子どもの情緒面に変化がないかどうかを注意深く見守り、心が不安定になったときは子どもの話を聞いて親にフィードバックするとともに対応法についてアドバイスしてくれます。

 臨床心理士やチャイルド・ライフ・スペシャリストなどの専門家が医療機関にいない場合は、がん看護専門看護師や医療ソーシャルワーカーが同様のサポートをしてくれることもあります。

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解決策①

 子どもに親のがんを伝えるかどうかを迷ったときは主治医に相談し、臨床心理士、チャイルド・ライフ・スペシャリスト、がん看護専門看護師、医療ソーシャルワーカーなど、このような問題に対応してくれる専門職につないでもらおう。がん診療連携拠点病院に併設されている「がん相談支援センター」に相談するのも一つの方法だ。

●国立がん研究センターがん対策情報センター「がん情報サービス/がん相談支援センターを探す」

http://hospdb.ganjoho.jp/kyotendb.nsf/xpConsultantSearchTop.xsp別ウインドウで開きます

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 ナオコさんが夕食の準備をしていると、大学生の長女がやってきて手伝ってくれました。そういえば、以前はアルバイトやサークル活動に明け暮れていたのに近頃は家にいることが多くなりました。「もしかしたら、この子なりに感付いて気遣ってくれているのかも……」。ナオコさんがそう感じた瞬間、長女がぽつりとこんなことをいいました。「お母さん、私のこと、いつまでも子どもだと思っているでしょう。寂しいなあ……」。

 その言葉を聞いて、ナオコさんは涙がこぼれそうになりました。そして、いつまでも隠し通せるものではないと観念し、娘たちにマサオさんの病気のことを打ち明けることにしました。マサオさんは高校生の次女が大学受験の準備を始めなければならない時期にさしかかっているため、伝えることをちゅうちょしていましたが、ナオコさんは「家族の中で一人だけ本当のことを知らない状況に置かれていたことを知ったときのショックのほうが大きい。次女がつらいときは、きっと長女が寄り添ってくれるし、お互いに助け合うはずだから」とマサオさんを説得しました。

 こうして子どもに親のがんを伝えると決意したものの、ナオコさんもやはり「何を、どこまで、どのように」伝えればよいのかわからず困ってしまいました。そこで、がん看護専門看護師に相談すると、すぐに臨床心理士を紹介してくれました。臨床心理士は伝えるときのポイントだけでなく、予測される反応について教えてくれたうえで、それらの反応に対する対応についても具体的にアドバイスしてくれました。ナオコさんとマサオさんも、アドバイスを受けたことで安心し、うまく伝えることができました。そして、「自分たちだけで抱え込まず、専門家に相談して本当によかった」と痛感しました。

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解決策②

 子どもに親のがんを伝えると決めたら、専門家のアドバイスを事前に受けたほうが落ち着いて伝えることができる。身近にアドバイスを受けられる専門家がいない場合は、子どもにがんを伝えることをテーマにした冊子や絵本も参考になる。がんを患う親を持つ子どもへのサポート活動を行っているNPO法人Hope Treeでは、このような絵本をホームページで紹介したり、がんを患う親とその子どもを対象としたサポートプログラムを定期的に開催したりしている。

●NPO法人Hope Tree

http://www.hope-tree.jp/別ウインドウで開きます

●NPO法人Hope Tree「迷った時に手にする本」

http://www.hope-tree.jp/member/book/別ウインドウで開きます

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 次に残された問題は、年老いた両親への告知です。義父は脳梗塞(こうそく)を患い、義母が一人で介護しています。これまで定期的にマサオさんやナオコさんが様子を伺いに出かけていましたが、マサオさんが本格的な治療に入るとそうもいかなくなります。自分たちの代わりに義父母の面倒をみてもらう必要があったので、マサオさんの妹夫婦に病気のことを打ち明けました。ところが、義妹から義母にうっかり伝わってしまい、義母がかんかんになって電話をかけてきたのです。「ナオコさん、マサオの病気のことをどうして教えてくれなかったの! だいたい、あなたの健康管理が行き届いていないからマサオがこんな大病にかかってしまったのよ……」と義母は電話口で泣いています。

 「ああ、しまった……。義妹に箝口令(かんこうれい)を強いておくべきだった」とナオコさんは後悔しました。取り乱す義母に対して言い訳することもできず、ナオコさんは電話口でひたすら謝りました。同時に「あなたの健康管理が行き届いていないからマサオが病気になった」と怒りにまかせていい放たれた義母の一言がとげのようにナオコさんの心に突き刺さりました。

 ナオコさんの例のように、年老いた両親によかれと思って行動したことがお互いの関係性をこじらせる原因になってしまうことはしばしばみられます。親にかぎったことではありませんが、家族は患者さんがどのような状況に置かれているのかわからないと、さらに不安になってしまうため、正しい医学情報を伝えることが大切です。

 その際、がん看護専門看護師、臨床心理士、医療ソーシャルワーカーなどの医療スタッフに説明してもらうと正しい医学情報が正確に伝わるだけでなく、患者さん本人には聞きにくいことも率直に確認できる利点があります。また、第三者から説明を受けることで、親は一呼吸を置くことができるので、冷静に対応できる可能性もあります。

 ナオコさんはがん看護専門看護師に相談し、義母と義父が見舞いに来る時間を利用して面談の時間を取ってもらいました。がん看護専門看護師には、義母がマサオさんのがんについて知った経緯やその際の言動についても包み隠さず正直に話していたので、これまでの経緯を踏まえたうえで対応してもらえました。面談後、落ち着きを取り戻した義母はナオコさんに「あなたも一人で何もかも抱え込んでつらかったわね……。それなのに、ひどいことをいってごめんなさい。年寄りだから頼りにならないと思うかもしれないけど、私で助けてやれることがあったら何でも遠慮なくいってちょうだい」と優しい言葉をかけてくれました。

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解決策③

 年老いた親に伝えるときは、がん看護専門看護師、臨床心理士、医療ソーシャルワーカーなどの医療スタッフに説明してもらうと正しい医学情報が正確に伝わるだけでなく、患者本人には聞きにくいことも率直に確認できる利点がある。また、第三者から説明を受けることで、親は一呼吸を置くことができるので、冷静に対応できる可能性もある。

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 こうして、マサオさんは胃がんの手術の日を迎え、予定どおり手術は無事に終わりました。しかし、がんは"切ったらおしまい"ではありません。マサオさんは術後、通院しながら薬物療法を始めます。このお話の続きは次週で。

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■アピタル編集部より

 この連載は、架空の家族を設定し、身近に起こりうる医療や介護にまつわる悩みの対処法を、家族の視点を重視したストーリー風の記事にすることで、制度を読みやすく紹介したものです。

 『メディカル玉手箱』は、毎週木曜日朝に新しい記事をアップします。バックナンバーも含め、下記の一覧から無料でご覧になれます。

<アピタル:メディカル玉手箱・がんにまつわる悩み>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/tamatebako/(アピタル・渡辺千鶴)

アピタル・渡辺千鶴

アピタル・渡辺千鶴(わたなべ・ちづる) 医療ライター

愛媛県生まれ。京都女子大学卒業。医療系出版社を経て、1996年よりフリーランス。共著に『日本全国病院<実力度>ランキング』(宝島社)、『がん―命を託せる名医』(世界文化社刊)などがある。東京大学医療政策人材養成講座1期生。現在、総合女性誌『家庭画報』の医学ページで「がん医療を支える人々」を連載中。

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