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前回(http://www.asahi.com/articles/SDI201601288077.html)までにご紹介してきた「認知行動療法」の歴史の中で、この手法がうつ病などの治療に大きな効果を発揮したものの、中身が複雑になりすぎたことで「よりシンプルなモデル」を求める声が上がり、それが「第三世代の認知行動療法」につながったことをお伝えしました。

今回は、その具体的な中身をみていきます。

 

長い間うつ病を患っていて仕事もしていないし、家の外に出ることもほとんどなくなってしまって……もうなにをきっかけに社会復帰してよいのかわからない。

朝起きるのも辛いし、特に用事があるわけでもないのに起きて身支度するモチベーションもない。ご飯を食べても、その後また眠くなって寝てしまい、昼過ぎに起きた自分に嫌気がさして、特に興味もないテレビのワイドショー番組をつけっぱなしにしてだらだら過ごす。夜になると、なかなか眠れずネットして夜更かし……。

 

精神的な不調から休職となって自宅療養されている方や、ひきこもり生活が長引いたお子さんがいる親御さんたちから聞く生活の一例です。

こうなると、もうかなりの悪循環が進んでいます。

頭では「このままじゃいけない」と思いながらも、ここから抜け出すには相当なエネルギーが必要です。

このように

 

・頭じゃわかっているんだけど、なかなかできない!

・こんなこと考えていてもしょうがないのに、ずっと気になって他のことが手につかない

・過去にばかりこだわっていてもしょうがないのに、どうしても未来をみることができない

 

など、「必要とされる行動ができない」「悪いことを繰り返し考えてしまう(反すう)」といったつまずきに対して、解決を試みたのが「第三世代の認知行動療法」といえます。

 

これまでご紹介したとおり、第三世代の認知行動療法は「行動療法」に源流をおくものと、「認知療法」に源流をおくもののふたつに大別できます。今回は行動療法をベースとした「行動活性化療法」の一部をご紹介します。

この療法の目的は、「行動面をちょっとだけ変化させることで、悪循環から脱出すること」です。

例えば、次のようなケースを考えます。

 

「うつで気力が落ちていて、部屋は散らかる一方。病院にはもうずっと通っているし、最初の頃のようなきつさはなくなった。でも、かといって元通りに元気になれたわけではない。もう少し元気が出てくれば、部屋を片づける気力がわくんだけどな」

 

「考えたり決断したりすることがなんにもできず、腕を上げるのすらおっくうで鉛のように身体が重い」という「うつの最悪の状態」は脱したものの、いまいち治りきれていない状況ですね。

「行動活性化療法」は、そんな状況を一新したい方におすすめです。

こうした状況でのポイントは、「やる気が起きるまで、活動せずにひたすら休む」のは×だということです。

もちろん、家族や医療のサポートを受けながらゆっくり休める環境が整っている方は問題ないのかもしれません。しかし、多くの人は「休職できるのが残り1カ月しかない!」とか「なるべく早く治らないと、家庭がまわらない!」とか「ずるずると休み続けているうちに、世間から取り残されてしまう」とか、それぞれ長期化できない事情を抱えていらっしゃいます。

実際、長期化することで失うものは多いものです。会社での業績、家族関係、交友関係、人生の時間などなど。つらい感情とはおさらばして、できれば一日でも早く元の自分らしい感情を取り戻したいものです。

 

さて、このような状況の場合、行動活性化療法では、次の図のように考えます。

 

写真・図版

 

常識的には「元気があれば、掃除ができる」というふうに、内側のやる気が掃除をするという外側の行動につながると考える方がふつうです。

しかし、最近の脳科学の研究から、やる気を引き起こすと言われている脳の部分(側坐核=そくざかく)は、なんでもよいので行動を起こさないと活性化しないということがわかったそうです。

つまり、「なにかちょっとできそうなことでいいから、とりあえず身体を動かしていれば、やる気があとからついてくる」というわけです。

このときに、コツがあります。「とりあえずなにかちょっとできそうなこと」をいかに設定するかが難しいのです。

「部屋の掃除をしなくちゃ」というとき、私たちは「掃除機を出して雑巾をかけて、部屋がピカピカになる」というようなイメージをもつかもしれません。とにかく完璧に片づいている部屋の絵が浮かんでしまうんです。

これがやる気を引き出すこともありますが、うつが長引いている場合には、大きなプレッシャーになってしまいます。

そもそもやる気が出にくいのがうつの症状なのですから、やる気がそんなに出なくても、片目をつぶっているくらいでやれてしまうような、そんな簡単な第一歩目を設定するのがポイントなのです。

うつが長引いている人は、8割の方が部屋が大変なことになっているといわれています。心の様子は部屋に反映されるもので、後片付けまでの余力はありませんから、脱いだ服は脱ぎっぱなし、干した洗濯物は干しっぱなし、衣替えもできないし、食べたものは食べっぱなし、届いた郵便物も未開封のまま山になっている……なんていうのが当たり前の風景です。

この現状から、「ピカピカの部屋」をゴールに掲げてしまうと、やる気を出すどころか、プレッシャーから逃げ出したくなるのも無理はありません。

こうして、部屋の掃除はものすごく大きな負担になり、さらに二次的な問題も起きてきます。「こんな汚部屋に住むなんて、情けない人間だ」と、自尊心まで下がってしまうのです。

「まわりの同年代はみんな働いている時間帯に、私はだらだらと汚い部屋にひきこもって生活をしている」と自分を責めます。また、同居している家族などから「こんな汚くして!」などと苦情が出ているかもしれません。そこでまた「ああ、やっぱり自分はだめなんだ」と落ち込んでいるかもしれません。

 

うつで気力が落ちる

 → 後片付けまで余力がない

 → 部屋が汚くなる

 → 自分が嫌になる

 → ますます気分が落ち込む

 → 気力が落ちる

 → 後片付けまで余力がない

 

悪循環のループです。

もし、次のような良い循環に転換できればどうでしょうか。

 

うつで気力が落ちる

 → 簡単に済む方法でざっと片付けてしまう

 → 部屋に多少秩序が戻る

 → 部屋のことで落ち込まない

 → またちょっとした片付けならできる気力がわく

 → 部屋がちょっと片付いてくる

 → 自信につながる

 → 気分がよくなる

 

理想的ですね。

ポイントは、「簡単に済む方法でざっと片付けてしまう」の設定です。次回に続きます。

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部などを経て、現在は福岡県職員相談室に勤務。福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪加害者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。趣味はカフェ巡りと創作活動。

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