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少し前のことですが、タイ北部にあるナーン病院を訪問しました。タイの地域医療のシンボル的存在として知られている病院です。訪れるのは3回目になりますが、相変わらず、地域へ踏み込んでゆく積極的な活動に教えられることが多かったです。

なかでも、地元の高校生たちを対象とした、内科のボーイ先生によるデング熱予防のスピーチは印象的でした。今回はその様子を紹介します。

ナーン中心部にある公立のスリサワット高校。私たちが訪れたのは、朝8時からの全校朝礼でした。1000人ぐらいの生徒たちが広場に集まっています。国旗掲揚があり、先生からいくつかの連絡事項。そして、ボーイ先生の講話となりました。

10分間のスピーチでしたが、とても熱心に、そして流暢(りゅうちょう)に、引き込ませるように語りかけていました。ショートプレゼンに慣れてますね。こうした講話をあちこちでやっているに違いありません。やったことがある方は同意していただけると思いますが、10分という持ち時間が一番難しいんですよね。3分よりも、60分よりも難しい・・・。

ボーイ先生は、まず症状と治療法について解説。上気道症状がないまま高熱が続き、体の痛みを感じるならデング熱かもしれないと説明したうえで、とくに特効薬はないので、食事がとれているなら自宅で静養していればよいと話しました。ただし、パラセタモール(市販の解熱剤)を内服しても症状が強いときや、長引くときはヘルスセンターに相談に行くようにとつけくわえました。早めに受診して、正しい診断を受ければ、とりわけデング熱を恐れることはないとも言いました。

後半はデング熱の予防の話。

もちろん、蚊に刺されないことが大切ですが、蚊のいない生活環境を作ってゆくことも大切です。ここでボーイ先生は、かつて日本がデング熱を克服したときの話をしていました。たまたま前日、私がボーイ先生に紹介した話を早速活用しているようです。

昭和17年から19年にかけて、日本でもデング熱が流行し、約20万人が発症したことがありました。このとき、厚生省は「デング熱予防に関する件」という通達を都道府県の衛生担当者に出して対策を呼びかけたのです。

 1)医師がデング熱と患者を診断した場合、市町村長に届け出ること。

 2)患者は発病後5日間、昼夜、蚊帳の中で静養するように指導すること。

 3)患者が静養しているかどうか、衛生担当の役人が監視すること。

 4)患者が発生した所から半径300メートルの範囲内は、蚊の発生を極力予防すること。

こうした対策を市民レベルで徹底した結果、3年間でデング熱を日本から根絶することに成功したのですね。

「日本でデング熱をやっつけたんだから、ナーンの私たちだってがんばろう!」と、ボーイ先生は高校生たちを盛り上げていました。

集団生活の場である学校は、とくにデング熱感染のリスクが高いと思われます。そこで、ボーイ先生は、校内でボウフラが発生しそうな水たまりを見つけたら先生に言うように呼びかけていました。

学校というのは、いろんな感染症を共有して、家庭にもちかえる場でもあります。そして、乳幼児や高齢者などハイリスク者を危険にさらすわけです。なので、このような話を学校ですることはとても大切ですね。高校生自体はデング熱やインフルエンザ、ノロで死ぬことはないでしょうが、彼らが予防を理解することで、そして実践することで地域が守られてゆくのです。

さすがだなと思ったのは、デング熱の話を生徒たちにしたいと思ったとき、そのためにわざわざ集めるのではなく、既存のシステム(今回で言えば「朝礼」)に上手に便乗しているところでした。

プライマリ・ヘルスケア(地域保健についての方法論)の原則のなかに「地域資源の有効活用」というものがあります。ここでいう資源とは、人的、物的資源だけでなく、カルチャーやシステムのような無形の資源も含まれます。

えてして私たちは、「○月○日、インフルエンザについての住民向け講演会を開催します。場所は×××で、時間は17:00-18:00です。ふるってご参加ください」みたいな感じになりがちです。でも、こちらから場所や時間を指定するのではなく、住民が集まる場所(お祭り、運動会、カラオケ大会、グラウンドゴルフ大会・・・)に出向いて行って、「10分だけ時間をください」という方が持続性や浸透性が高いでしょうね。

そうそう、流行のピークを過ぎた時期でありながらも、ボーイ先生が高校生たちにデング熱の話をしようとしたのには理由があります。

それは、タイで人気俳優のトリサディー・サハウォンが、デング熱にかかって重症化しており、左足を切断するにまで至っていたからです。肺出血もあり、ICUで予断を許さない状況が続いていましたが、何とか容体は安定してきているようでした。

このニュースは連日とりあげられたため、日頃は健康情報に無頓着な高校生たちにもデング熱への関心と不安が高まっていました。このあたりの世相を上手に使いこなしてゆくあたりも、さすがだなと思った次第です。

<アピタル:感染症は国境を越えて>

http://www.asahi.com/apital/column/takayama/(アピタル・高山義浩)

アピタル・高山義浩

アピタル・高山義浩(たかやま・よしひろ) 沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科医長

沖縄県で感染症診療や院内感染対策、在宅緩和ケアに取り組む。かつて厚生労働省で新型インフルエンザ対策や地域医療構想の策定支援にも関わった。単著として、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会を共に生きる』(医学書院、2016年)などがある。