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前回(http://www.asahi.com/articles/SDI201602098844.html)は、長引くうつが引き起こしている悪循環からの脱出方法として、個数や時間や空間で区切ることによって最初の1歩をいかに小さく踏み出すかについてご紹介しました。

今回から、その方法でうつを克服した女性の話(複数の事例を組み合わせた架空のもの)をご紹介します。そのお話から、イメージを広げていただければと思います。

 

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【もう長くうつ病で仕事を休んでいるミカさん(会社員・20歳代女性)】

一時期のようなつらさはなくなったものの、今も気力がわかずに昼夜逆転の生活をしています。

昼過ぎに目が覚めるものの、そのまま布団をかぶります。夕方になるとやっと起きだすことができて、近所のコンビニで弁当を買って食べます。それからテレビやネットに囲まれて、ひたすらひとりで過ごします。眠くなるまでずっとそうして、最後は力尽きるようにして眠ります。

こうしていると、完全に社会から隔絶されて、このまま一生会社に戻れないような気すらしてきます。あとどのくらい休職できるのか、戻った後にうまくやれるのか、会社の人の目も気になり……などなど、将来への不安は尽きません。

ミカさんは大学卒業後、一人で上京して就職しました。一人暮らしのマンションで生活しています。

仕事は、残業が多いだけでなく常に成果を求められ、さらに同僚との競争を強いられる社内のピリピリした雰囲気にも疲弊していました。

仕事を休むきっかけとなったのは、社内の会議でした。半年分の仕事の経過報告を求められたミカさんでしたが、上司からの評価はすこぶる悪いものでした。みんなの前で叱責(しっせき)された次の日から、仕事を休むようになりました。

休職し始め、病院に通っていた頃の記憶はもうほとんどありません。覚えているのは、ひたすら眠り続けて3週間ほどたったときに、ようやく食欲がわいたことくらいです。それから3カ月間、もうずっとこんな生活です。

そろそろどうにかしなければと思うのですが、きっかけがありません。社会が怖くてしょうがありません。復帰のことを考えると身がすくむような感覚もあります。

時々職場から電話がありますが、「また叱られるのではないか」と考えると、どうしても電話に出ることができません。

実家の親からの電話も怖くて、ずっと無視したままです。仕事を休んでいることを話しにくくて、学生時代からの友達とも連絡をとっていません。最近は病院に行くのもおっくうで、診察は月に一度だけになりました。

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ミカさんのようなケースは、一人暮らしをしながら休職されている方ではよくある例です。

うつ病になると、朝よりも夕方から夜にかけての時間帯の方が調子がよい場合が多くあります。

さらに、会社に行く、家族の世話をするといった朝早く起きる理由がなくなることに加え、昼間に働かずにうろうろしていると体裁が悪いといった環境面、昼間起きていると働いていない罪悪感や現実的な不安が襲ってくるといった心理面の要因もあり、昼夜逆転はますます加速していきます。

休職中にしておかなければならないことはいくつかありますが、そのうちのひとつは、「生活リズムを整える」ことです。

生活リズムが整えば、時間に遅れずに出社できるようになるだけでなく、情緒が安定して集中力や体力も維持できるようになることは、ここに書くまでもありません。また、産業医や主治医が復職が可能かどうかを判断する際にも、大切な指標となります。

しかし、前述したように「朝起きて夜寝るリズム」を一人暮らしでの休職中に自力で整えるのは、かなりパワーのいることです。

こうしたときに、前回ご紹介した行動活性化療法のテクニックが使えるわけです。

最初の一歩の行動をどう踏み出すかを決めるためには、「現時点でも、片目をつぶっていても気安くできる行動は何か」を見極めます。現状を徹底的に洗い出してみるとわかります。

ミカさんが今できていることは、

 

・昼過ぎに目が覚めること

・夕方になって起きだすこと

・近所のコンビニで弁当を買って食べること

・テレビやネットに深夜まで集中すること

 

こんなかんじです。これを少しだけ早寝早起きを促進する形に方向づけます。

 

・昼過ぎに目が覚めること → いきなり二度寝をどうにかするのは時期尚早。ここは見送る。

・夕方になって起きだすこと → 今、夕方5時に起きているのならそれをキープ。

・近所のコンビニで弁当を買って食べる → コンビニをスーパーに変えてみる。

・テレビやネットに深夜まで集中する → そのまま。

 

どうでしょうか。思ったよりちょっとした変化ですが、このくらいが最初の一歩にふさわしいでしょう。

なぜコンビニがスーパーに変化したかといいますと、

 

・コンビニに比べてスーパーは店内が広く、歩き回ることができる(運動量アップ)

・スーパーの方が品物が豊富で、「あ、これ食べてみたい」といった意欲をかきたてるきっかけになるような刺激がある。

・スーパーのお総菜の方が栄養面もよい場合が多く、夕方の半額セール時間帯を狙えば経済面でもよい。

 

ミカさんは、お金の心配もありましたし、コンビニ弁当には飽き飽きしていたため、スーパーへ行くことには乗り気でした。しかし、もうひとつ障害がありました。それは、「コンビニになら『すっぴん』でいけても、スーパーだとそうはいかない!」ということでした。

そのために、間にもう何ステップか入れる必要がありました。

 

・顔を洗う

・化粧水と乳液をつける

・ざっと化粧をする(眉とベージュの下地クリームのみ)

・ニット帽をかぶる

 

多くのうつ病回復途中の方にとって、化粧は高いハードルです。「顔を洗うのがおっくうでしょうがない」という声も意外に多く聞きます。

そうであれば、例えば「顔を洗う」は「湿らせたタオルで顔を拭く」で代用してもよいでしょう。こたつなどの負担の少ない定位置に化粧セットとニット帽を前の晩から置いておくとよりよいでしょう。

ミカさんは久しぶりに化粧をしました。それだけで、社会に一歩近づけたような気がしました。鏡をまじまじと見たのも久しぶりでした。見た目が変わることは、予想以上に私たちに自信を与えます。不思議なもので、化粧をすると顔の筋肉の使い方まで変わるのか、表情が明るくなりました。そんな自分を見て、ミカさんは安心しました。

 

この行動が週に5日ほど安定してできるようになったら、次はこういうステップもよいでしょう。

 

・スーパーで、次の日の朝起きた時に食べるための好きなものを買う。

 

プリンでもヨーグルトでもおいしそうなパンでもなんでもいいのです。起きるための動機を高めます。食欲で刺激されない方はこういうのもいいでしょう。

 

・好きなテレビをあえて録画して、昼2時に起きることが出来たら見る。

・2時までに起きることができたら、おしゃれなカフェに行ってみる。

・実家の家族に「明日2時に電話するから」と宣言して自分を追いつめる。

・主治医に「2時に起きることを目標にしてみます」と宣言して、毎日それができたかどうか記録をつけるので次回持参してよいか聞いてみる。

 

とにかく、自分がやる気を出せて、無理なく続けられる方法を探ります。

このお話は次回に続きます。

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・ケーススタディー「ミカさん(会社員・20歳代女性)」>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部などを経て、現在は福岡県職員相談室に勤務。福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪加害者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。趣味はカフェ巡りと創作活動。

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