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 つい最近、世界的に権威のある学術雑誌JAMA(米国医師会雑誌)に、平均余命に関するとても興味深い論文が掲載されました。題名は「The association between income and life expectancy in the United States, 2001-2014」(2001-2014年のアメリカ合衆国における収入と平均余命との関連)という、17ページにおよぶ大作です。

http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2513561別ウインドウで開きます

 論文では様々なことが指摘されていますが、要点は下記の4点です。

1.全体傾向

 平均余命は、所得が増えるとともに連続的に増加する。40歳平均余命(40歳の人が何歳まで生きるかの平均)でみると、収入が最も少ない側の1%(下位1%)と最も多い側の1%(上位1%)とで、男性では15年、女性でも10年の格差がある。

2.地域間の差異

 都市部に住む所得下位25%の人々で40歳平均余命を比較すると、平均余命の高い地域と低い地域では約4.5歳の開きがある。

3.年代間の差異

 所得による平均余命の格差は、全体として、2001年から2014年にかけて広がっている。ただ地域によって格差の変化はまちまちで、フロリダでは拡大傾向に、ニュージャージーやアラバマでは縮小傾向にある。

4.平均余命が異なる要因

 地域によって平均余命が異なる要因について分析を行ったが、社会経済的な差異を説明する代表的な要因とされる「健康保険加入率」や「就業率」などでは説明がつかなかった。一方、同一地域での平均余命の差は健康行動(喫煙、肥満、運動)と関連していた。

 それぞれについてみていきます。まず、1.の全国レベルの検討ですが、下のグラフは40歳平均余命について、所得順位別に示したものを、男女別にプロットしたものです。

 所得順位とは全体を100%としたときの順位で、所得の一番低い人が0%、一番高い人が100%となるように並べたものです。所得が上がるにつれて、滑らかに上昇していることがわかります。全体として、「所得が高くなるにつれて40歳平均余命の値は大きくなる」ということが、このグラフから明瞭に言えると思います。

 2.と3.のポイントは、地域別(100都市)について検討した結果です。アメリカ人全体の中で所得の低いグループ(下位25%)に着目し、40歳平均余命を比較すると、最も高いのはニューヨークで81.8歳、最も低いのはインディアナ州のゲーリー(Gary)で77.4歳でした。つまり、所得が同じように低かったとしても、住んでいる地域によって余命に約4年の差があるということになります。ちなみにゲーリーはかつて製鉄業で栄え、今はさびれてしまったシカゴ近郊の都市で、マイケル・ジャクソンの出身地だそうです。

 アメリカは地域により人種構成などが異なりますが、その影響などが調整された結果となっています。なお、所得が高いグループでは、こうした地域による差はあまり見られませんでした。

 4.ですが、下位25%のグループをみると喫煙(相関係数:-0.69)や肥満(相関係数:-0.47)と強い相関が見られました。この検討は、各地域を単位にした「地域相関分析」という手法で行われていて、前にご紹介した「コホート研究」のようにはっきりした結論は言えません。ですのでこの結果だけで「禁煙して肥満を解消すれば地域内の余命の差はなくなる」とまでは言いきれないのですが、他の研究成果もあわせて考えると、おそらく何らかの影響を及ぼしていると思われます。

 これらの内容については一般の皆さんが理解できるように、5分程度のアニメーションがつけられています。英語が苦手な人でもアニメーションを見ていただければ、論文の内容がおおむねつかめるのではないかと思います。

The JAMA Network Health Disparities

http://sites.jamanetwork.com/health-disparities/別ウインドウで開きます

 さて、こうした状況は日本ではどうなのでしょうか? 残念ながら、日本で所得と平均余命との関連を全国規模で調べた研究はありません。個人の所得は秘匿性が極めて高い情報であり、ほとんどの人は自分の収入を他人に知られたくないのではないでしょうか。

 今回の米国の研究では、1999年から2014年の14億件の匿名化された所得税の確定申告書を用いています。このアメリカ国民を代表する膨大なデータを用いることで、偏りなく全体の傾向がつかめたのだと思います。社会的に有意義な研究であれば、秘匿性の高い所得税の確定申告書のデータであっても研究に使用することを決断しました(もちろん省庁の許可、倫理審査委員会での承認を受けて、匿名化したデータを利用していますが)。その結果、「所得格差の是正」という強いメッセージをもつ研究にまで到達しました。

 アメリカではもともと「民主主義社会の実現のために情報は開かれているべき」だという意識が強く、公的データ利用や情報公開に対して積極的です。今回も、いかにもアメリカらしい研究だと思います。

 日本でもマイナンバー制度が導入されました。これによって、日本でも個人の所得をデータとして蓄積することが可能になります。ただ、日本では個人の所得データを公衆衛生や公共福祉のために活用することへの抵抗感は強いかもしれません。データ活用に対する意識は国により異なります。その理由を考えると各国が抱える歴史や文化、国民気質や「風土」まで行き着き、頭でわかっていても心情的に難しいという面も否定できません。

 ただ、日本においても近年、所得や健康面における格差が深刻化していると言われています。格差是正のための対策を考えるためには、まずはしっかりとしたデータと分析が欠かせません。

 将来、マイナンバーによるデータを学術的に利用できるようになったとき、今回の論文のような研究のために所得などのデータを利用することについて、皆さんはどう思われるでしょうか?

<アピタル:疫学でヘルシーチェック>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/ekigaku/(アピタル・村上義孝)

アピタル・村上義孝

アピタル・村上義孝(むらかみ・よしたか) 東邦大学教授

東京大学大学院医学系研究科保健学専攻博士課程修了(保健学博士)。大分県立看護科学大学、国立環境研究所、滋賀医科大学を経て、2014年東邦大学医学部教授(社会医学講座医療統計学分野)。専門は疫学、保健統計学、大規模データベース研究(循環器疾患)や政府統計の高次利用の研究などに携わっている。