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大規模災害に引き続く集団の避難生活では、しばしば感染症のアウトブレーク(大流行)の可能性が報じられ、そのたびに生活するのが手いっぱいな被災者たちを不安にします。

たしかに、災害によって感染症の罹患(りかん)率と死亡率が上昇する傾向はあり、災害後に破傷風が増加することが経験的に知られているように、被災地で感染症への警戒を高めておくことは必要です。ただし、被災地だからと特殊な思考回路を持ち込むべきではありません。つまり、いきなり特殊な感染症が流行しはじめるようなことはないのです。

まずは、あくまで日常的な対策の延長線上で、どのような感染症が被災地でエンハンス(増大)されやすいかを考えてみてください。たとえば、高齢者はインフルエンザに気をつけるべきだし、子供たちが集まる場所ではノロウイルスやロタウイルスの流行に配慮し、夏場の食中毒を予防するために食品の管理には十分に注意する。集団へのワクチン接種が十分でない疾患があれば、そのリスクグループについては、早めに接種を勧めてゆく。平時にやっていることを、災害後の感染対策ではとりわけしっかりやるわけです。

こうした基本的なスタンスを確認したうえで、被災地における感染対策で知っておきたい4つのことを紹介します。

1)被災地に病原体を持ち込まないこと

避難所の感染対策において、まず大切なことは「(インフルエンザなどの)感染性の高い病原体を持ち込ませない」ことです。避難所のなかでインフルエンザは自然発生しません。必ず誰かが持ち込んでいます。こうしたリスクを極力遮断することが重要です。

とくにボランティアの方が不必要に避難所内に立ち入らないようにすること。避難所の各エリアを個人の家と同じような感覚であつかい、その隔離性を維持することは、プライバシーに配慮することのみならず、感染対策上も大きな意味があります。

当たり前のことですが、発熱・咳嗽(がいそう=せき)・下痢など感染症の症状を認めるときは活動を控えましょう。困難に耐える被災者を前にして、多少の体調不良であっても支援活動を継続しようとするのは、倫理観の誤った表出です。自らが感染症の媒介者にならないことを最優先として心がけてください。

2)高齢者の廃用症候群を予防すること

一時的な避難所生活であっても、高齢者にとっては廃用症候群(生活不活発病)のリスクがあります。そして、廃用症候群は高齢者の肺炎や尿路感染症などの原因となってゆきます。早い段階から、活動性を引き出すような生活リズムを形成するよう支援することが大切です。

たとえば、避難所生活では、支援によって物資が配布されるため、発災前に行っていた日常の家事や近隣への買い物などの機会が失われてしまいます。とくに、ボランティアが(親切心から)支援物資を枕元まで届けていると、高齢者がほとんど横たわった状態で一日を過ごすようになりかねないので注意が必要です。そこで、できるだけ避難所の外で生活必需品を配布するようにして、歩ける方には歩いて取りに行っていただくなど、なるべく通常の生活に近い形で基本的動作能力を維持させる工夫が求められます。

また、高齢者が床面にじかに座って食事をすることがないよう、避難所のなかにテーブルと椅子を用意して、共有の食事スペースを設けることも検討してください。これは、正しい姿勢で食事をすることで誤嚥(ごえん)の予防になるばかりでなく、被災者が一緒に食事をすることで心のケアにも生かされる可能性があります。

3)適切にトイレが利用できるよう整備すること

適切な排泄(はいせつ)環境の整備は感染症予防の基本です。避難所のトイレが不足して待ち時間が長くなると、高齢者(とくに女性)は水分摂取を控えるようになってしまいます。また、トイレまでに段差があったり、屋外に設置されていたりすると、身体機能が低下している高齢者がオムツの使用を受け入れるようになることもあります。これでは尿路感染症のリスクを高めてしまいかねず、以下のような対策によって予防してゆくことが必要です。

まず、避難者の数のみならず子ども、高齢者、妊婦、障害者など特性に応じて、仮設トイレを増設するなどして、適切で十分な数のトイレを設備すること。そして、高齢者や障害者に配慮したトイレ利用のルール(健康な若壮年者は屋外の仮設トイレを使用するなど)を決定すること。さらに、避難者の特性に応じて適切な移動手段(手すり、杖、車いすなど)を確保する。あるいは、ポータブルトイレ、オストメイト対応トイレなど追加的な衛生資材を検討すること。

なお、オムツや尿パッドを必要としていても、申し出ることができずにいる人に配慮して、(必要かどうかを問いかけるよりも)誰もが持ってゆけるように避難所内の人目につきにくい一角に置いておくと良いかもしれません。

4)被災者の人権に配慮すること

被災者の健康を守ることは大切ですが、同時に侵害されやすい被災者の人権についても、私たちは十分に配慮する必要があります。人道的な理由であっても「家族を引き離さない」あるいは「移動を強いない」というのは、緊急支援における国際的なコンセンサスとされています。

その意味で、いくら感染対策という名目であっても、被災者の一部を切り取るように動かすことは、代替的な感染対策の手段が検討できる限りにおいて選択しないようにすべきです。とくに、家族の結びつきは、多くのものを失い傷ついた被災者にとって大きなよりどころとなっています。被災地における感染対策は重要ですが、そうした配慮を忘れないようにしてください。

    ◇    ◇    ◇

以上が感染症医の立場から、被災地で活動される方々にお伝えしたいことです。気になることは、他にも多々あります。でも、生活することが手いっぱいの被災地において、できることは限られていることも知っています。

東日本大震災のとき、私は石巻市で支援活動に関わりましたが、発災2週間を過ぎたころから、様々な団体や専門家が市役所に対していろいろな「アドバイス」をするため、保健師らが対応すべき課題が増える一方だったことを覚えています。そんなとき、ある保健師が漏らした「トイレを掃除しろと言う人はたくさんいるんですが、掃除をしてくれる人がいないんですよ」との嘆息は、彼女たちの閉塞(へいそく)感をよく表していました。

ここで紹介したことは、あくまでヒントのひとつとしていただき、できること(とくに目に見えている問題)から取り組んでいただけたらと思います。そして、結局のところ、避難所の長期化が状況を好転させることはないことを理解して、政府と自治体が一体となって先手を打っていただくことが、もっとも効果的な感染対策になると思っています。

写真・図版

付記;

本記事は、今回の熊本地震を受けて、東日本大震災後の2011年5月に筆者が「INFECTION CONTROL」web公開版(メディカ出版)に寄稿した「シリーズ:被災地における感染症対策」をもとに、一般向けに加筆再構成したものです。初出記事は以下の通りです。

シリーズ:被災地における感染症対策

第1回「地震の後に感染症は流行するのか」(2011年5月12日)

http://www2.medica.co.jp/topcontents/saigai/images/infe-read13.pdf別ウインドウで開きます

第2回「被災地における呼吸器感染症への対策」(2011年5月20日)

http://www2.medica.co.jp/topcontents/saigai/images/infe-read14.pdf別ウインドウで開きます

第3回「被災地における感染性胃腸炎への対策」(2011年5月26日)

http://www2.medica.co.jp/topcontents/saigai/images/infe-read17.pdf別ウインドウで開きます

第4回「被災した医療機関に求められる感染対策」(2011年6月9日)

http://www2.medica.co.jp/topcontents/saigai/images/infe-read18.pdf別ウインドウで開きます

<アピタル:感染症は国境を越えて>

http://www.asahi.com/apital/column/takayama/(アピタル・高山義浩)

アピタル・高山義浩

アピタル・高山義浩(たかやま・よしひろ) 沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科医長

沖縄県で感染症診療や院内感染対策、在宅緩和ケアに取り組む。かつて厚生労働省で新型インフルエンザ対策や地域医療構想の策定支援にも関わった。単著として、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会を共に生きる』(医学書院、2016年)などがある。