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 うつで休職中のミカさん(20代女性・会社員)は、生活のリズムを立て直し、認知機能トレーニングをするなどしてリハビリに励み、避けていた職場との連絡も少しずつ練習して克服してきたところです。

 前回(http://www.asahi.com/articles/SDI201604143714.html)は、自分の考え方の背景にどんな「信念」があるのかを、明らかにしました。

 

 ミカさんは、常に他人からの評価や承認によって、「自分はこれでいいんだ」と自分にOKを出していました。反対に、周囲から認めてもらえないと、自分にすっかり自信をなくし、おどおどしてしまっていました。ミカさんには、この「承認」に関する信念に、特徴があったのです。

 人は社会の中で生きていくものですし、人から評価された方が心地いいでしょう。組織にいる以上は、上司からの評価を意識して、同じ方向に努力して働く必要があるでしょう。「承認」に関する信念は、人の輪を大切にする動機のひとつにもなるため、大切なものでもあるのです。

 しかし、もし「他人からの評価によってしか、自分に自信を持つことができない」としたらどうなるでしょうか。常に誰かに「これでいいかな?」「大丈夫かな」と確かめて回らなければなりません。他人がいつも正しいとは限らないのに、他人からの評価を真に受けて、一喜一憂を繰り返すことになるでしょう。

 では、もしあなたに、常に一定のあたたかい評価をくれる優しい人がそばにいたとしたら、問題は解決するのでしょうか。安心していられるのでしょうか。その人からもらえる「あなたは十分やれている」「素晴らしい」という言葉を、素直に受け取ることが出来るでしょうか。

 「いや、そんなはずはない。この人は私の本当の姿を知らないんだ」「私の本当の姿を知ってしまったら、この人からも嫌われてしまうのかもしれない」とブロックしてしまうかもしれません。

 

 自分で自分にOKを出すことができないと、いつまでも人の顔色を気にするびくびくした悪循環から抜け出すことはできません。

 「承認」の信念の役立つ部分は残しながらも、自分の足を引っ張る部分については、修正してみるのはいかがでしょうか。

 

 信念は多くの場合、親などの養育者との関係や、兄弟などの影響、同性の友達との関係、異性との関係などで、形作られていきます。信念を修正する際には、信念のルーツについて、自分の歴史を紐解いてみることが、第一歩となります。

 ミカさんには次のシンプルな質問について考えてもらいます。

  「その信念、いつから持っていますか?」

  「信念を持つ、きっかけとなった出来事はありますか?」

  「影響を受けた人物や文化はありますか?」

 ミカさんはしばらく考えてみました。

 

 ミカさんの家庭は、父方祖母、父親、母親、ミカさん、妹の5人暮らしでした。父親は、無口で、休日も家の中でゆっくりするのが好きなあまり社交的とはいえない素朴な人です。母親は、最近亡くなった父方祖父も含めた義理の両親と結婚当初から同居していて、祖父母の顔色をうかがいながら自分の意見を引っ込めてきたような我慢強い女性です。ミカさんが小学生になってからは、パートに出て現在まで働いています。

 母親が仕事で不在のときには、父方祖母が、ミカさんを大変かわいがってくれていました。妹は、ミカさんの3つ下で、ミカさんとは対照的に、自由奔放な明るい性格です。

 ミカさんは、人の顔色をうかがってしまう「承認」の信念のルーツは、母親にあるように感じました。というのも、母親はいつでも、祖父母や父親の機嫌を損ねないように、配慮していたからです。ミカさんの経験した印象的な出来事に、次のようなことがありました。

 

**(ミカさんの母親との小さい頃のエピソード)*************

 ミカさんが小学校の入学する前に、ランドセルなどの学用品を買いそろえていたときのことです。ミカさんは、当時大好きだったキャラクターがついたペンケースが欲しくてたまりませんでした。そのことをずっと前から母親には話して、おねだりして約束していました。ミカさんは「小学生になったら、●●(キャラクターの名前)のついたペンケースで勉強するんだ!」と楽しみにしていました。

 しかし、ある日、裁縫の上手な祖母がミカさんのために、ペンケースを作ってくれたというのです。かわいらしい花柄の生地のペンケースでしたが、ミカさんはがっかりしました。「●●のがいいのに。」と言いかけたミカさんに、すかさず母親がこう言いました。「なんてこというの。おばあちゃんがせっかく作ってくれたんでしょ!かわいいペンケースじゃない。これを持って行きなさい。」ミカさんは、我慢してそのペンケースを使い続けたのです。

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写真・図版

 母親とのこうしたエピソードは、いくつもありました。いつも母親はミカさんの率直な気持ちを受け止めてはくれず、常に意識を祖父母や父親に向けていました。そこからの評価を気にして、なんとか機嫌を損ねないように、いい嫁、いい妻であろうとしていたのでしょうか。

 ミカさんはそうした家庭の雰囲気を感じ取って、気づけば、「母親を困らせないようないい子でいなくては。」と思うようになりました。自分の気持ちよりは、母親に求められていることに集中しました。

 その結果、常に相手の顔色をうかがうようになったのです。

 

 このように、出来事自体はわりとありふれたことかもしれませんが、こうした小さな傷つき体験がいくつもいくつも重なって、その人の信念を形成していく場合があります。

 もちろん、ひとつの大きな出来事がきっかけで、信念を形作る場合もあります。いじめられた経験、目の前で悲惨な場面を目撃してしまったなどの場合がそうです。

 また、生まれつき持っている特性も大いに影響します。ミカさんは、妹と比べて生まれつき、神経質なところがあったようです。母親から赤ちゃんの頃のエピソードをよく聞いていました。

 

**(母親の語ったエピソード)*********************

 「ミカはね、小さい頃からほんとになかなかよく泣く赤ちゃんだったわね。だっこしていないと、何時間でも泣いていたものよ。でも、ナナ(妹)は全然手がかからない赤ちゃんで。ずーっとひとりでニコニコしてたわね」。

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 こうした元々持っている「外からの影響の受けやすさ」のベースがあるため、母親が祖父母や父親に対して気を遣っている空気を、ひしひしと感じ取っていたのでしょう。実際、同じ家庭で育った妹は、マイペースで顔色などうかがいません。自分に自信を持って、明るく楽しく生きています。

 

 ルーツがわかった時点で、ミカさんは涙が止まらなくなりました。

 このお話は次回へ続きます。

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・ケーススタディー「ミカさん(会社員・20歳代女性)」>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部などを経て、現在は福岡県職員相談室に勤務。福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪加害者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。趣味はカフェ巡りと創作活動。

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