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前回は、高血圧を治療する目的は高血圧が原因で起こる脳血管障害や心疾患のリスクを下げることであって、血圧を下げることは手段に過ぎないことをお話ししました。

今回は、糖尿病の話です。前回を読んでくださった読者のみなさんは、結論がおわかりでしょう。

そう、糖尿病を治療する目的は、糖尿病に伴うさまざまなリスクを下げることであって、血糖値を下げることは手段に過ぎません。むしろ、血糖値を下げ過ぎるとかえってリスクが増える場合もあります。

 

2008年に発表された、糖尿病に対して厳格な血糖コントロールと標準的な血糖コントロールとを比較した臨床試験(ACCORD試験)をご紹介しましょう( http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18539917別ウインドウで開きます )。

血糖値が高いまま放っておくと、心疾患や脳血管障害にかかりやすくなります。つまり、心疾患や脳血管障害は糖尿病に伴うリスクの一つです。

しかし、いったいどれぐらいまで血糖値を下げるのが良いのかはわかっていませんでした。そこでこの臨床試験では、1万人以上もの糖尿病の患者さんを、「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)が6.0%以下を目指す」厳格管理群と、「HbA1cが7.0%~7.9%の範囲内にあることを目指す」標準管理群にランダムに振り分けました。偏りが生じにくい「ランダム化比較試験」という質の高い研究手法です。

 

血糖値は直前の食事の影響を強く受けますので、最近の1~2カ月の血糖値を反映したHbA1cが、血糖コントロールのよい指標になります。健診でもよく測られる項目ですので、ご存じの方は多いでしょう。

正常な人のHbA1cはおおむね5%台で、6.5%以上から糖尿病と診断されます。厳格管理群は「できるだけ血糖値を正常に近づける」、標準管理群は「血糖値は正常化しなくてもそこそこ下がればいい」という感じです。

 

血糖値を正常に近づければ心疾患や脳血管障害は減るだろう、という予測のもとにはじまった臨床試験ですが、結果は有意差なしでした。それどころか、厳格管理群では標準管理群と比較して、全死亡(すべての死因による死亡)が有意に増えたのです。大雑把にまとめると「血糖値は正常化したが患者は死んだ」というわけです。

この場合、HbA1cが「代用のアウトカム」、全死亡が「真のアウトカム」です。HbA1cが正常化しても、全死亡が増えるのであれば、無意味どころか有害な治療です。HbA1cの数字の正常化だけに気をとられると、かえって患者さんの命を縮めることになりかねません。

 

製薬会社の立派なパンフレットには、代用のアウトカムの改善が大々的に書かれているものの、真のアウトカムの改善については書かれていない、なんてものもあります。医療介入を行う目標は真のアウトカムの改善だということを医師は忘れてはいけません。

なお、今回紹介した臨床試験は、主に北アメリカの2型糖尿病の患者さんを対象にしています。治療開始前の糖尿病の重篤度や糖尿病の罹患(りかん)期間などによっても結果は変わってきます。個々の糖尿病の患者さんにあてはまるとは限りません。糖尿病の患者さんは治療の目標について、主治医の先生とよく相談してください。

 

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。