[PR]

 サチコさん(40代女性・主婦)は、夕方のショッピングセンターをさまよっています。朝から歩き続けているのでもうクタクタです。本当なら、もう帰宅してそろそろ夕ご飯の準備をする時間なのですが、どうしてもそういう気持ちになれません。

 サチコ 「まあいいか。お総菜を買って帰ろう」

 サチコさんは、夫と小学生の子ども2人の4人家族です。子どもたちは、もう帰宅している頃です。サチコさんも帰宅して宿題を見てあげたり、話を聞いてあげたりしなければ、と思うのですが、やっぱり足が自宅に向きません。

 サチコ 「あの子、そういえば、新しい靴が欲しいって言ってたっけ」

 さらに買い物を続けようと、靴屋のレジでクレジットカードを出したところ「お客様、このカードは使えなくなっています」と言われてしまいました。今月の限度額を超えているようなのです。サチコさんの財布は、クレジットカードの利用明細やレシートなどでパンパンに膨らんでいます。サチコさんは、靴を買うのをあきらめました。

 サチコ 「今月そんなに使ったかな。もしかして残高が足りなくて引き落とせなかったのかな。ああいやだ、いやだ」

 急にお金を使うのが怖くなって、夕ご飯用のお総菜を買わないまま帰宅しました。

 

 実は、サチコさんは家に帰るのが嫌でしょうがありません。家が、汚いのです。

 玄関には10足以上の靴が常に並べっぱなしになっています。傘立てには、大量のビニール傘があり、そのうちいくつかは壊れています。玄関の靴箱の上には、「いつか見るはず」の未開封のダイレクトメールが、チラシや重要そうな手紙と共に山積みになっています。

 リビングでは、子ども達がゲームに熱中していました。おなかがすいたのでしょう。床にはスナック菓子の殻が散らかっています。ソファの上は、ずいぶん前から「アイロンをかけるつもり」のシャツや、片方失くしたままの靴下、「時間ができたらボタンをつける予定」の服などに占領されています。台所には、朝ご飯の食器がそのまま残り、脱衣所は洗濯機に入りきらない大量の洗濯物であふれています。

 サチコさんは、掃除も洗濯も料理も大の苦手なのです。

 その上、子ども達は小学校から大量のプリントを持って帰ります。学校行事、地域の行事、子ども達の習い事、親戚づきあいなど、サチコさんは日にちや準備物などの情報を処理しきれません。なので、子どもの学校への提出書類を失くしてしまったり、持ち物を期日までに用意できなかったり、参観日を忘れてしまったこともありました。

 そのたびに、サチコさんは自分を責めました。

 

 サチコさんが唯一活躍できるのは、子ども会の役員の仕事をするときだけです。子ども達が楽しめるような活動を提案して、楽しく盛り上げることが得意なのです。他の役員をしている保護者からは、大変ありがたがられて、「ぜひ来年も役員になってちょうだい」と頼まれています。

 そんな自分に、サチコさんは嫌気がさしています。

 「私って、外ではいい顔してるけど、人並みのちゃんとした生活はまるでだめ。ほんとにだらしない。仕事もしていないのに、母親として当たり前のことができない」。こういうとき、サチコさんは何もかも放り出して逃げ出したくなります。そしてまた、そんな自分にがっかりします。「子育てなんて手に負えない。そもそも家庭をもつことが向いていないんじゃないかな…」。

*  *  *  *  *

 

 いかがでしたか。 

 今回から、大人のADHD(注意欠陥・多動性障害)が疑われる子育て中の主婦・サチコさんのお話が始まります。2014、15年に連載して好評をいただいておりました「大人のADHD」シリーズの第三弾です。

 サチコさんは、「家事」や「子育て」でつまずく半面、「仕事」や「地域行事」「趣味」「社交」の場では案外活躍できるタイプの女性です。こうした女性は、家族以外の周囲からは'明るく活動的でエネルギッシュ'という印象を持たれていて、まさか家は汚く家事がまわっていないなんて気づかれにくいことが多いようです。そのギャップの大きさから、ひどいときには家族からあきれはてられて離婚を迫られるケースや、自分に人間的な欠陥があるのではないかと自分をひたすら責めてうつ状態になるケースをみかけます。

 こうした方々が、医療機関につながって適切な診断を受けたり、ADHDという概念を知って自己理解をうながされたりする機会は、少ないようです。今回は、こうした隠れたADHDについてご紹介していくシリーズです。

 

 ここで、「大人のADHD」についておさらいしたいと思います。

 大人のADHDとは、以下のような特徴があります。心当たりはありませんか?

□ 書類の作成などやらなくてはならないことがある時に限って、部屋の掃除を始めたり、テレビを見たりして、別のことばかりしてしまう

□ バスや電車、映画館などじっと座っていなければならない場面で、苦痛や退屈をかなり感じてしまう

□ しょっちゅう物を失くして、探してばかりいる

□ 期限のある振り込みや書類作成、手続きが苦手。いつも期限ぎりぎりで、間に合わないこともある

□ やることが多くてどこから手をつけていいかわからず、常に追わてパニックだ。そういうとき、結局どれも中途半端になるか、全てを放棄して現実逃避したりする

□ その場の感情や思いつきで行動してしまうことが多く、あとで後悔する

□ 人と待ち合わせすると、遅れてしまうか、ギリギリになってしまうことが多い

□ 次の日早く起きなくてはいけないとわかっていても、ついつい夜更かししてしまったり、仕事の日でも遅刻したりするなど、生活リズムについて深刻な悩みがある

□ そんなに話したいわけでもないのに、気づいたらしゃべりすぎてしまっていることがよくある

□ そそっかしくミスが多い

□ 忘れ物をすることが多い

□ 人の話を最後まで聞かずに、遮って話し始めてしまう

 

 これらは、大人のADHDの特徴の一部を表したものです。

 (厳密な診断基準ではありません。実際の確定診断は、本人だけでなく家族などの第三者からお話をきいたり、さまざまな神経認知的検査を組み合わせたりして、DSM(米国精神医学会の診断手引)などの診断基準を用いて慎重に行われます)

 当てはまるものがある、という方の中には、これらの特徴が子どもの頃から続いていた、という方も多いのではないでしょうか。

 大人のADHDは、「注意欠陥/多動性障害(ADHD)」という精神医学的な障害で、子どもの頃から始まります。大人になってもこの特徴が残る方は50%~80%といわれます。大人のADHDの有病率は2%~5%とされています。

 

 ADHDの特徴は、大きく分けると次の3つです。

①注意の持続困難: 集中し続けることが難しい。すぐに他に気がそれてしまうので、ひとつのことをやり遂げるのが難しい。

②多動性: じっとしていられない。疲れるほど活動してしまう。

③衝動性: 思いつきやその場の感情でぱっと動いてしまう。計画立てることが苦手。

 人によって、上の3つの特徴のうちどれが強く目立つかが異なります。この3つの特徴のうち、②の多動性のない、不注意だけが問題となる「注意欠陥障害(ADD)」という言葉もあります。

 

 原因については、遺伝的な要因と神経生理学的な要因が指摘されており、しつけの問題でもなく、本人がだらしないからでもなく、怠けているわけでもないということがわかっています。このような知識のないまま、また、自分が「ADHDかもしれない」という自覚のないまま、ひたすら自分を責め続けている人は多くいます。

 まずは正しい知識を知って、自分を理解しましょう。その上で、自分に合ったやる気の出し方を知ったり、イライラしたり飽きっぽかったりする自分でもなんとかうまくいく子育て術を模索したり、すぐに怠けたくなる特性を踏まえた上で家事がまわっていくシステム作りをしたり・・・なんとか生活をまわしていくワザを、これからご紹介したいと思います。

 

 「自分を責める暇があるなら、改善策を考えてみようかな」「もっと柔軟に、もっと自分を受け入れて、時には向き合ったら、生きやすくなるかも」。このコラムをそんなヒントにしてもらえたらうれしいです。

 

*************************

【お知らせ】

 いつも他人の顔色を見てどぎまぎしている、取り越し苦労が多い方はいらっしゃいませんか。そんな方に必見の、認知行動療法の本を出版しました。何人かの'他人に振り回されてしまう人'が、認知行動療法を用いてその悩みを解決するお話が載っています。

 ◆「認知行動療法」のプロフェッショナルが教える いちいち"他人"に振り回されない心のつくり方(http://www.amazon.co.jp/dp/4804762647/別ウインドウで開きます

 

写真・図版

 こちらも合わせてどうぞ。

 ◆「くよくよ悩んでいるあなたにおくる幸せのストーリー 重?い気分を軽くする認知行動療法の34のテクニック」(https://www.amazon.co.jp/dp/4791108981/別ウインドウで開きます

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・主婦の隠れたADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部などを経て、現在は福岡県職員相談室に勤務。福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪加害者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。趣味はカフェ巡りと創作活動。