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 前回から、ADHDが疑われる主婦・サチコさん(40代女性)のお話をスタートさせました。今回からサチコさんの日常生活の至るところにある困りごとや悩みと、大人のADHDの特徴がどう関連するのか、そしてどうしたら解決できるのかを解説していきます。

 

 サチコさんのよくある困りごとのひとつ目は、まさにこの場面でした。

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 夕方のショッピングセンターをさまよっています。朝から歩き続けているのでもうクタクタです。本当なら、もう帰宅してそろそろ夕ご飯の準備をする時間なのですが、どうしてもそういう気持ちになれません。

 サチコ 「まあいいか。お惣菜買って帰ろう」

 サチコさんは、夫と小学生の子どもが2人の4人家族です。子どもたちは、もう帰宅している頃です。サチコさんも帰宅して宿題を見てあげたり、話を聞いてあげたりしなければ、と思うのですが、やっぱり足が自宅に向きません。 

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 この場面のように、サチコさんはいつも「家事や育児はなんてしんどいのだろう」、「毎日を当たり前に送っていくってこんなに大変なことなのか」と、途方もない気持ちになっています。

 一方で、サチコさんは、皆があまり得意ではないような、人前で話をしたり、面白い企画を考えついたり、その場を盛り上げるようなことになら、徹夜をしてでも努力を惜しまない頑張り屋です。

 毎日食事を作ったり、部屋を掃除したり、洗濯をしたり、子育てをしたりといった、「やらなければならないこと」にはなかなかやる気を出せないのに、好きなことにはとことん集中できるというわけです。

 そのため、サチコさんは「自分は気の向いたことしかやらないわがままで、怠惰な人間なんだ」と考えて自己嫌悪に陥っています。

 周りからみてもそう見えるかもしれません。「単なる甘えだ」「自制心がない」「誰だって好きで家事をこなしているわけではないのに、やる気にならないなんて、怠けだ」という意見が大多数でしょう。

 

 実は、大人のADHDの方の脳の中では、「やる気」に関して特別なことが起こることがわかっています。

 脳科学の分野では、脳の中にある「報酬系」と呼ばれる回路が、やる気を左右することがわかっています。ADHDの方の脳の中では、この報酬系に大きな特徴があるそうです。

 

 特徴① 報酬遅延勾配が急である(すぐに結果の出ないことに対して極端にやる気が出ない)

 以前のシリーズの記事でも触れましたが、大人のADHDの人は、すぐに報酬がもらえない活動に対して、他の人に比べて急速に興味を失くすことが知られています。

 ◆『大人のADHDと「報酬遅延勾配」の話』(http://www.asahi.com/articles/SDI201510308908.html

 1週間待てばもらえる1万円より、今すぐもらえる1000円を優先してしまうのです。もっといえば、3年間通学すればもらえる高校の卒業証書よりも、今夜友達と羽目を外す方が魅力的に思えます。あと1週間もすればバーゲンが始まると知りながら、定価で目の前のお気に入りの服を買います。

 

 この観点からみると、もし、毎日家事や子育てを評価してくれる専門家がサチコさんのそばについてまわり、即座に対応を判定して、褒めたりアドバイスをくれたりしていたら、「すぐに評価をもらえる」という点では、サチコさんのやる気に火をつけることができるのかもしれません。

 でも、毎日のルーティンである家事は「しなければ、部屋が散らかり、生活が滞る」というマイナスの結果がやってくるだけで、特段誰かがすぐに褒めてくれたり、よくできたからといってご褒美をもらえたりするわけではありません。

 ましてや、子育てのように、今すぐ結果が出るわけではなく、長く継続的なかかわりが必要で、結果もはっきりと表れるわけではない、というものに対して、なかなか「やる気」を出すことができないわけです。

 こうした報酬の少なさや、すぐに結果が出るわけではないことから、ADHDの人の多くが、家事や子育てに苦痛を感じています。

 ただ、その中でも比較的結果が目に見えやすい「特別な日の食事を作る」などの家事は、イベント性があって、視覚的にもわかりやすく、結果が比較的短時間で得られ、さらに食事を食べた人から感謝されたり、褒められたりもするのでオススメです。報酬が比較的すぐに得られやすいのです。もっとも、調理の際に出た皿や鍋などの洗い物をすることは、やはり嫌いだと言う方も多いのですが……。

 

 特徴② 新しいことに興味を持ちやすい

 ADHDの人は、飽きっぽく、次々に興味が移り変わるといわれています。これは、より新しい活動に対して、魅力を感じる傾向にあり、それにとびつくからです。世の中には、環境の変化を好まず、いつも同じやり方で、同じ人間関係の中で生活する「安定を求めるタイプ」の人もいますが、ADHDの人はちょうどこういうタイプの反対です。常に変化を求めて、退屈を嫌います。同じことの繰り返しを嫌いますので、毎日の家事には興味を持ちにくいのです。

 もし、毎日同じ仕事をこなさなければならないとか、毎日家事を繰り返さなければならない環境にいる場合は、あの手この手で、常に新しいやり方を取り入れたり、組む相手や場所や順番などを変えたりして変化をつけて、自分を飽きさせない工夫が必要でしょう。

 

 特徴③ 我慢が苦手

 「これしたい!」「これが欲しい!」と、興味のあるものや欲求に対して、ブレーキをかけることが苦手です。

 「ほら、やっぱり我慢ができないことが問題なんだ。だらしないんだ、自分は」という声が聞こえてきそうです。でも、それが、脳のレベルでもともと我慢の難しいタイプなのだとすれば、どうでしょうか。ちょうど、自転車でいうと、思い切り両手で握らないと止まれないような、かかりのわるいブレーキをもっている、といったかんじです。誰だって、自分を基準にして物事を判断するものです。自分が、平均よりもうんと「我慢すること」にエネルギーを使わなければならない人間だなんて、知らずに生きてきたはずです。「なんでこんな無駄遣いをしてしまったんだろう。私もみんなみたいに、ちゃんと我慢しなくちゃならないのに」と自分を責めてしまうときに、「もしかしたら、私は他の人よりもかなり意識して強くブレーキを握らないとだめなタイプなのかも」と自覚しておくことは、再び同じ失敗を繰り返さないためにも大切です。

 まとめますと、

  ①すぐに結果のでないことにはやる気が出ない。

  ②新しいことに興味を持つが、同じことの繰り返しにはやる気が出ない。

  ③やっちゃだめなことでも、我慢がききにくい。

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 この点は、「脳の特性」としてもともと持っているのです。スタートラインがそもそも違うのだと自覚することで、(開きなおってしまっては何も物事は解決しませんが)、日頃から特性を補うような対処を講じることができるようになり、生活しやすくなるものです。そして、何より、自分をやみくもに「甘えだ」「怠け」だと自己卑下せずにすむのです。そんな自分いじめに費やす時間と労力は、ぜひ、特性を補う対処のためにとっておいてください。

 

 次週は、サチコさんがどうやって家事や育児へのやる気を保つ対処をして、生活をまわしていくかというお話です。

 

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<アピタル:上手に悩むとラクになる・主婦の隠れたADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。