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 複数のやらなければいけないことをこなすには、「ついで作戦」が有効だと前回紹介しました。今回は、このシリーズの主人公であるADHDの主婦サチコさん(40代女性)が少しずつ生活を変えていく様子を見ていきたいと思います。前回ご紹介した「ついで作戦」とは、次のようなことが要点でした。

 

●ADHDの人は、よほど興味のあること(目新しくてすぐに手に入ること)以外には、やる気を起こすための活性化エネルギーを出せないという脳の特徴がある。

●やり方を変えたり、ご褒美を視覚化したりして、やる気を出す方法は有効である。

●しかし、日々の家事や仕事をこなすために、いちいちやる気を出し続けるのも大変だ。

●そこで、一つの作業に付随してこなせる作業をできるだけひとまとめにしてこなす「ついで作戦」を考えましょう。作業ごとにその都度、重い腰を上げてやる気を出す必要はなく、まとめて一回やる気を出せば済むので楽だ。

 

 サチコさんは、夫と小学生の子ども2人の4人家族です。サチコさんが特に苦労しているのは、次のようなことでした。

1.日々の夕食作り

2.レシートの整理(サチコさんの財布は、クレジットカードの利用明細やレシートなどでパンパンに膨らんでいましたね)

3.玄関に10足以上の靴が常に並べっぱなし

4.傘立てには、壊れたものを含む大量のビニール傘

5.玄関の靴箱の上に、「いつか見る」未開封のダイレクトメールが、チラシや重要そうな手紙といっしょに山積みになっている

6.朝ご飯の食器洗い

7.洗濯

 たくさんありますね。これらをどうにかひとまとめにしたり、同じタイミングでこなせそうな既に習慣化している別の活動とセットにしたりして、「ついで作戦」を実行できればしめたものです。

 一つ一つに「ついで作戦」を練ってみましょう。

 

1.日々の夕食作り

【ついで作戦】賛否両論あるかもしれませんが、作り置きです!一度やる気を出すだけで、数日分作れます。カレー好きなら、カレーが3日間続いても大丈夫という方もいますよね。味噌汁、豚汁、野菜スープなら、大量に作っておけば、他のおかずに合わせやすいですね。当然、ごはんもまとめ炊き。時間がたつと、多少味が落ちるかもしれませんが、毎日のストレスが減ります。

 

2.レシートの整理(サチコさんの財布は、クレジットカードの利用明細やレシートなどでパンパンに膨らんでいましたね)

【ついで作戦】家計簿をつけているのなら、つける目的をはっきりさせましょう。決められた額でやりくりするためなのか、食費にどれくらいかかっているのかを把握するためか、月々の変動をみるためか。目的をはっきりさせれば、毎日細かく家計簿をつける必要もなくなるのではないでしょうか。

出費を把握するために便利なのは、「食費封筒」を作ることです。1週間に使っていい食費の金額を入れておきます。そして、スーパーで買うときにのみ、その封筒からお金を出すようにします。あくまでアナログにやりましょう。封筒の膨らみや重みで、どれくらいお金が残っているかを感覚的に把握できます。この場合、レシートはその場で捨てましょう。

 そもそも、クレジットカードは、ADHDの人には不向きです。お金の感覚をつかむのが難しいからです。できるだけ現金主義でいきす。明細書もなくてすっきりします。

 

3.玄関に10足以上の靴が常に並べっぱなし

【ついで作戦】まとまった時間を玄関掃除に費やすのはおっくうです。外出して帰ってきたら、その靴を靴箱に入れます。次の日は、別の靴を履(は)いて外出します。帰宅したら靴箱に入れます。それを繰り返していると、10日もすれば片づくはずです。いつまでも玄関に残ったままの靴があれば、それは、季節外れや好みが変わってもう魅力がない靴、あるいは古くなった靴です。処分してもよさそうなものは、10日目に思い切って捨てます。

 

4.傘立てには、壊れたものを含む大量のビニール傘

【ついで作戦】しょっちゅう傘を忘れて外出し、行く先々で雨に見舞われ、あわててコンビニで傘を買う。そんなことを繰り返すうちに、傘が増えてしまったのでしょう。これ以上増やさないためには、「置き傘」をしましょう。職場や車の中には傘を置き、よく使うバッグの中に折りたたみの傘を入れておく。他にも、訪れる場所場所に、ついでに傘を置いていきます。

 

5.玄関の靴箱の上に、「いつか見る」未開封のダイレクトメールが、チラシや重要そうな手紙といっしょに山積みになっている

【ついで作戦】 ゴミ出しをするとき、ゴミ袋を持って、玄関から外に出ますよね。そのとき、玄関で靴箱の上の書類をひとつかみします。ポイントはひとつかみ。せいぜい1分で「捨てる」「捨てない」を分けられるくらいの量にします。「捨てる」物はゴミ袋に詰め込んで、そのままポイ。ゴミ捨てが終わったら、「捨てない」に分類した書類を持ってリビングへ向かいます。腰を下ろしたり、他の作業をしたりしないようにして、すぐにそれらの書類を処理します。返信しなければいけないものなど時間がかかりそうなものは、スケジュール帳や手帳にはさみます。日時や場所など覚えておかなければいけないことが記録されたものは、携帯電話で写真にとって保存し、書類は捨てます。

 

6.朝ご飯の食器洗い

【ついで作戦】「朝食の食器を洗わないと生活がまわらなくなる仕組み」を作ってみました。日ごろ家族で使う食器を、ごはん茶わん、汁器、おかず用の皿の三つに限定し、家族の人数分しか用意しません。他の食器は取り出しにくいところにしまいます。こうすれば、朝ご飯で使った食器を洗わなければ、その後の食事で使えません。不便のように思えますが、こうすれば、朝ご飯の食器が残ったままの台所に昼食や夕食の食器が重なり、山のようになることを防げるのです。山のようにさえならなければ、なんとか洗う気力がわきますよね。

 

7.洗濯。

【ついで作戦】サチコさんにとって、洗濯が最もおっくうな理由は、スイッチを押してから洗い終わるまでに時間がかかることです。サチコさんが洗濯をしようとするのは、「今から外出しようとするとき」や「寝ようとするとき」などでした。今から40分後には家にいなかったり、もう寝ていたりするわけです。洗濯物は乾燥機つきなら別ですが、洗い終わるとすぐに干す作業が待っています。時間がたてばたつほど、アイロンがけの大嫌いなサチコさんの天敵「しわ」がよるのです。

そこで、サチコさんは自分や子どもたちが入浴を始める時間(つまりその日の洗濯物が出るとき)に、洗濯機のスイッチを入れる習慣をつけることにしました。風呂から出て、着替えが終わるころには洗濯物ができあがるというわけです。

写真・図版

 

 さて、一気に七つもの改善を狙ったサチコさん。盛りだくさんのようでしたが、どれも少しずつの変化が、大きな効果を生み出しました。えいや!と重い腰を上げずにすみました。

 サチコさんの玄関の床や靴箱は、久しぶりに何にもない状態になりました。日々、夕食は何にしようか、というプレッシャーに悩まされずにすむようになりました。脱衣所であふれていた洗濯物が少しずつ減っていきました。

 家が少しずつ片づくと、サチコさんは涙を浮かべました。家が汚いこと、食事が作れないこと、洗濯ができずに着る服がなくて困ること……。どれも日常になっていて、それぞれがサチコさんの自尊心を奪っていました。日々自分は最低だ、最低だと責め続けていたのです。

 部屋の様子が変わると、家族からの反応も予想以上でした。環境の力は大きいものです。最も喜んだのは子どもたち。遊びに行く友達の家は片づいているのに、どうして我が家はこんなに汚いのだろう、と思っていたそうです。サチコさんは申し訳ない気持ちでいっぱいになっていました。

 

サチコ「これからはママもお片づけがんばるから、一緒にがんばろう」

 子どもたちも夫も巻き込んで、この状態をキープしていきたいものですね。

 いよいよ今回が年内最後のコラムになりました。今年はこのコラムで繰り返し「大人のADHD」の話をしてきました。そしてついに福岡市でそんな方々のためのグループセラピーの実施にもこぎつけたスタートの一年になりました。読者のみなさまのおかげです。

 このADHDシリーズは年明けも続きます。そして、春には大人のADHDの方のためのワークブックを出版予定です。秋にはまたグループセラピーをご案内する予定です。来年もどうぞよろしくお願い致します。

 

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【認知行動療法の入門書が出ました】

 12月15日に著書を出版しました。「悩み・不安・怒りを小さくするレッスン 『認知行動療法』入門 」(光文社新書)です。私はこれまで悩みを解決するためのセルフヘルプ本の執筆が多かったのですが、今回の本は初の新書で、認知行動療法入門書として、学術的に知識を深めたい方向けの本です。行動療法からマインドフルネスやアンガーマネージメントといった最新のトピックスまでを幅広く解説いたしました。よかったらお読み下さい。

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【大人のADHDの集団認知行動療法を行っています。】

 このコラムのような大人のADHDの特徴で、日々の生活でお困りの方を対象にした集団認知行動療法(グループカウンセリングの一種)を福岡市で行っています。研究目的のグループです。全8回のプログラムで、週に1回、約2ヶ月間で時間管理と整理整頓を実践し、身につけます。

 今年度の募集は定員となり終了していますが、来年度以降の開催予定についてお知りになりたい方はtimemana@hotmail.com(スパムメール対策で@を半角に変えてメールしてください)大人のADHD集団認知行動療法事務局まで。①名前②住所(郵便番号も添えて)③パソコンのメールアドレスを添えてご連絡ください。詳細が決まり次第、お知らせ致します。

 

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<アピタル:上手に悩むとラクになる・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部などを経て、現在は福岡県職員相談室に勤務。福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪加害者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。趣味はカフェ巡りと創作活動。