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 全国各地にはたくさんの川柳の結社が活動しているが、四万十市には若鮎川柳会がある。会員の作品を載せた雑誌「若鮎」の発行と、毎月の句会、年に一回の高知県下の人が集う大会を開催している。

 今、その若鮎川柳会の句会で面白いことが起こっている。甘い恋の句が披露されて、作者は九十歳を超えた人とわかって大爆笑。真面目一方の人が、「えーこんな句を書くのか」と、フィクションの世界での一句に驚きの声が上がったりする。

 川柳の世界では独身の人が妻の句を書いたり、いい歳の人が思春期のこころの句を書いたりする。自分の生きざまを書くのが迫力があり、また自分の納得にもなるのだが、時には肩の力を抜く句もぼくは嫌いではない。

 「エッセーはすべてが真実ではなく、ちょっと膨らませた文章が面白い」との、著名なエッセイストの言葉を覚えている。この「ちょっと膨らます」のが、街のうわさ話にもあるのだろう。だから、にやっと笑える面白さがある。

 ぼくの髪は美容室でカットする。30分もかからないので訪問診療の合間にちょっとの時間を見つけてのこともある。ここで世間話をたくさん聞くのが楽しい。診察室と違う、気楽な会話を大いに楽しむ。

 「言葉の使い手」になりたいと、ぼくはずっと思ってきた。診察室や訪問した家で患者さんと向かい合う。この時に緊張した中で真実を告げるだけではない、ふわっとした雰囲気を持ちたいといつも思っている。

 「言葉が重たくなりすぎないように、軽くてすべらないように」と、いつも自分に言い聞かせている。診察室ではたまに大笑いもあるが、こちらからは決して冗談は言わない。借り物のことわざも使わない。患者さんとの会話には自然と気を使っている。

 どこまでが本当で、どこからがうそかがわからないのが本当のうまい話し手だろう。認知症の母親にきちんとした対応をして、いらいらが続く人がいる。認知症の人と同じ雰囲気で、虚構の話を楽しんだらいいとお勧めするのだが、きっちりはやっぱり疲れる。

 少しのいい加減さ、少しのうそを持つ世界が自然に近い。すべて真実のとおりが相手に対しての誠実さだろうかと、特に認知症の世界を見ていてだんだんと思うようになった。

 言葉のやりとりは楽しいのがいい。少しでも多い方がいい。診察室でも、もう一言と思うから診察が長くなる。家で一杯入るとしゃべり過ぎて「そして誰もいなくなる」場面がある。

 時々は楽しい川柳も書いて、こころを遊ばせたい。こころが固くならないように、優しいちょっとのうそを持ってみませんか。

 

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コラム「診療所の窓辺から―いのちを抱きしめる、四万十川のほとりにて」が単行本になります。

発刊は4月の予定です。詳しくは次号で。

 

<アピタル・診療所の窓辺から>

http://www.asahi.com/apital/column/shimanto/(アピタル・小笠原望)

アピタル・小笠原望

アピタル・小笠原望(おがさわら・のぞみ) 大野内科院長

1951年高知県土佐市生まれ。76年弘前大医学部卒、徳島大第一内科入局。77年高松赤十字病院内科。88年同病院神経内科部長。97年大野内科(旧中村市)。2000年同院長。「かかりつけ医としての在宅医療、神経難病、こころのケア」に、「四万十のゲリラ医者」として活動中。02年から朝日新聞高知版柳壇選者。