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 「ネクストリボンシンポジウム―がんとの共生社会を目指して―『患者が働き続けること、そして企業のダイバーシティー推進のために』」(朝日新聞社主催、ギャップジャパン協賛)が1月15日、東京・築地の浜離宮朝日ホールで開かれた。がん患者の就労問題に詳しい医師らによる講演に約400人が耳を傾けた。パネルディスカッションもあり、第1部では、働く世代のがん体験者が日本社会や企業の抱える課題を語り合い、第2部では、がん体験者、医師、企業の人事担当者らが患者が働きやすい職場環境について意見を交わした。

■〈基調講演〉患者の体験、会社の力になる 国立がん研究センターがんサバイバーシップ支援部長・高橋都さん

 がんは長く付き合う慢性病になりつつある。今、会社に机を並べる形でがん体験者がいなくても、東京都の推計では50人の会社で今後10年で新たにがんになる従業員が2・2人、1千人の会社だと43・7人いる。

 日本では年間新たに約100万人ががんになり、うち3分の1が働く世代だ。高齢の労働者の増加が見込まれ、がん就労者の支援対策は職場にとって非常に大きな課題になっている。

 がんになっても早まって仕事をやめないのがまず重要。今はがんが完治してから復職するのではなく、仕事を持ちながら通院する方向にシフトしている。

 患者は経済的な問題や会社の制度の問題、心理的、身体的な問題などの課題に直面しているが、企業も困っていることがある。従業員の病名や病状を情報共有できないときにどう対応するか。企業活動の質の維持と従業員支援のバランスをどう取るか。「同業他社の対応を知りたい」「相談窓口がほしい」「主治医とうまくコミュニケーションをとりたい」などの声がある。

 従業員ががんと診断された時、職場や人事の方にお願いしたい5カ条がある。慌てない▽決めつけない(会社がよかれと思っても、本人にはそうでないこともある)▽しっかり聞く▽調整する(周囲の納得感を得る)▽ルールづくり――の五つ。それには普段からの信頼関係、相談しやすい関係が大事になる。

 がん就労者に役立つ支援制度は時差出勤、時短制度などいろいろあるが、企業はできるところから検討したらどうだろう。就業規則を変えなくても上司と本人のやりとりで対応できる場合もある。

 就労者側は自分の権利を知り、あったら助かる配慮を具体的に提案し、治療中でも会社に貢献できる部分をアピールしてほしい。待つのではなく自分で引き出すスタンスが必要だ。

 能力と意欲のあるがん就労者は企業の重要な働き手である。支援を受ければ会社への忠誠心は上がり、その支援を横目で見る同僚は「うちの会社も捨てたもんじゃない」と思って職場全体の士気も高まっていく。

 また、命を直視する体験は我々に人間としての深みを与え、それが社会人としての強みになることもある。自分の会社が社会に提供する製品やサービスを考えるきっかけにもなる。彼らは職場のダイバーシティーを高め、新たな力を会社にもたらす可能性を持つという視点を共有したい。

■〈講演〉早期の発見へ、職場で検診を 東京大病院放射線科准教授・中川恵一さん

 遊びも仕事もこなす現代サラリーマンの代表、島耕作さんは、サザエさんの波平さんより若く見える。しかし、どちらががんになりやすいかは圧倒的に島さんだ。

 54歳の波平さんは確率5%程度、69歳の島さんは22%。がんは遺伝子の老化と言っていい病気。体は生活習慣によっていくらでも若くなるが、遺伝子の劣化は年齢で決まる。

 肉体的に若く、そして長く働く日本人の会社員にがんが多発する。定年退職者から現役社員の病気になった。私は厚生労働省の「がん対策推進企業アクション」という職域でのがん対策の事業を任されている。働き方改革実現会議で総理は治療と仕事の両立について、主治医、会社、産業医などのトライアングル型のサポート態勢に踏み込んでいる。産業医もかかわるのは大きなステップだ。

 日本は世界でもがん患者が多い国だが、国民ががんのことを知らない。5年生存率は平均で62%まで上がってきたが、診断後1年以内の自殺率はそれ以外の人と比べ20倍。3割が離職し、自営業者の17%が廃業に追い込まれる。収入が診断前の4割に減ったというデータもある。退職時期が診断確定時で32%、最初の治療まででさらに9%、つまり4割超が治療が始まる前に辞めてしまう。

 この時期は重要なことは決めずに「我々はがんでも辞めない、辞めさせない」と肝に銘じなければならない。

 東京都内のある病院では平日夜10時まで放射線治療をしており、フルタイムで働ける。放射線治療の95%以上は通院でき、肺がんなどは4回の治療で手術と同じような成績が得られる。

 欧米は患者の6割が放射線を受けるが、日本は3割に満たない。がん検診受診率も欧米の半分ほどだが、胃、肺、大腸がんなどは6~7割が職域、会社で受けている。検診や早期発見・治療を推進するには職域へのがん教育が重要。企業アクションの大きなミッションで、パートナー企業は2200社を超えた。自分だけはがんにならないと言う喫煙者、検診は怖いからやらないと言う人に聞いてもらうには、一種の強制力を持つ職場しかない。

 早期がんは基本的には放射線か手術で薬物療法は必要ない。大腸がんはステージ4だと5年生存率が16%、検便で早期がんが見つかれば98%。治療費や生存率だけでなく、会社員なら休職中の給与や企業の逸失利益を考えても、検診や早期治療はとても大きな効果がある。

■働く世代のがん患者と家族が直面する就労問題の例〈がん治療と就労の両立に関するインターネット調査から〉

 (1)経済的な困難(治療費、休職による減収など)

 (2)会社の制度・対応(支援制度が十分わからない、病状をきちんと把握されないまま異動や退職を勧告される、社内の申し送りが不十分、就職時の差別、代理要員確保が困難、など)

 (3)職場とのコミュニケーション(だれにどこまで伝えるか悩む、復職後の体調に波があり説明が難しい)

 (4)医療面での問題(治療が平日に限定される、入院の連絡が突然ある、医療スタッフに仕事のことを相談しにくい、など)

 (5)心理的問題(働き続ける自信をなくす、異動などで意欲が低下、同僚に申し訳なさ・後ろめたさを感じる)

 (6)身体的問題(痛み、だるさ、外見の変化、集中力の低下など)

■〈パネルディスカッション第1部〉がんを乗り越え働く~日本社会、企業の課題とは~

 【パネリスト】

 ・天野慎介さん(グループ・ネクサス・ジャパン理事長、全国がん患者団体連合会理事長)

 ・大久保淳一さん(NPO法人5years代表)

 ・武田雅子さん(クレディセゾン取締役営業推進事業部長兼戦略人事部キャリア開発室長)

 【コーディネーター】

 ・竹下隆一郎さん(ハフィントンポスト日本版編集長)

     ◇

 ――がんと仕事にどう向き合ってきたか。

 大久保 一昨年まで外資系投資銀行に15年勤めた。2007年に精巣がんを患った。当時42歳で、10カ月入院し1年半後に復職した。5年生存率という言葉が私はすごく嫌いで、がん患者を支援するNPO法人5yearsには、5年後には皆元気に活躍しているという思いを込めた。

 武田 12年前に乳がんにかかった。当時、人事の採用担当課長で仕事がすごく楽しく、どう仕事と両立させるかを考えた。がんの告知を最初に伝えたのも上司。1カ月の入院準備後、3週間休み、復職した。

 ホルモン治療の副作用でうつの症状が出て、苦しい思いもした。ある患者会に参加し、将来の不安などを自由に話せる場を得られ、大きな救いになった。今はがんと就労をサポートする法人の理事もしている。

 天野 27歳だった00年に血液がんである悪性リンパ腫を発症した。再発を2度経験したが、今は経過観察中。告知を受けた時は頭が真っ白になった。上司に伝えると驚かれたが、「しっかり治してこい」と気遣ってくれた。ただ、上司もがんに詳しくなく、治療が終わり復帰すればフルタイムでバリバリ働くという感覚が伝わってきた。抗がん剤治療で体力が落ちており、正直厳しかった。コミュニケーションがうまくいかず、自ら退社した。

 ――上司からの声かけや制度はどうすればよいか。

 天野 当時は相談する場もなく、自分一人で抱え込んだ。コミュニケーションがもっとあれば、違う結果になったと思う。ならし運転的な働き方から徐々にフルタイムに移行できるような制度があれば。

 武田 私も通常通り出勤できないと頭に浮かんだ。上司からは「どうしたらいいか教えて」と何度も言われた。ニーズを私自身が発信しないと周りは動けない。朝9時に病院の予約を入れ11時前ぐらいに出勤したので、朝のミーティングは部長に代理で出てもらったり、治療の影響で重い荷物を運びにくいので、外出では事前に現地に送ってもらったりした。

 大久保 当時の会社の対応が非常によく、積極的にコミュニケーションをとってくれた。上司から「僕たちに何ができる?」とお経のように言われ、社長や副社長との面談もあった。社内のがん経験者の紹介も受け、相談相手になってもらった。こうしたメンター制度を作るのがとてもよい。

 ――メンター制度はすごくいいなと思う。

 天野 メンターでもいいが、患者会でよくいうのはピアサポート。仲間、同じ立場の人が支え合う。就労でも同じ経験をした人の話は非常に参考になる。同じようながんの人がどうなったか、復職したかを知りたいというニーズは非常に多いので心強いと思う。

 武田 私の会社にその制度はないが、私自身ががんであることをカミングアウトし、その後も働いている実績がある。がんになった時にカミングアウトしやすくなり、そのまま働く人もたくさんいるし、制度でなくても相談も自然にくるようになった。最近は社内でがんにかかった人同士の情報交換の場もできている。

 ――職場や働き方を変えるにはどうすればよいか。

 天野 がん患者がどう復職したのかの事例集があるといい。実際に復職した方々の知恵を集める。企業の人事担当者が参考にできれば、次の一歩につながる。

 武田 私は復職が転勤の感覚に似ていると思った時にとても楽になれた。復職後は少し皆が引いている感じだから、自分で関係を作り直さないといけない。体調の悪い日があっても、やるべきことはやっていく。そうすると同僚との距離が戻り、スムーズにいく。

 大久保 がんの後に元気になった人たちの情報を紹介していけば、がんをタブー視するようなことは変わっていく。もう一つはダイバーシティーが大切。人種、国籍、宗教、LGBT、既婚・未婚、女性の産休などが一切不利にならないという安心感だ。がんもその一つで、ダイバーシティーを推進するといろんな問題が解決される。がん患者は一日一日を充実させ生きようとする意識の高い人が多い。そういう人がいる企業は強い企業になる。

■〈パネルディスカッション第2部〉がんとの共生社会を目指して

 【パネリスト】

 ・麻木久仁子さん(タレント)

 ・岩田広治さん(愛知県がんセンター中央病院副院長兼乳腺科部長)

 ・関原健夫さん(日本対がん協会常務理事)

 ・武田雅子さん

 【コーディネーター】

 ・岡崎明子記者(朝日新聞特別報道部)

     ◇

 ――がんと就労という問題で企業側は何をすべきか。

 岩田 医師になり30年、多くの乳がん患者を診てきた。昔は告知自体がタブーだったが、今は治療の進歩でサバイバーも増え、就労は重要な問題。どう取り組むのかと一昨年、名古屋で地元企業の産業医や行政関係者らと「がん就労を考える会」を始めた。医師側は企業内での働き方、企業側は治療をよく知らないので情報共有の場にしている。

 麻木 2012年、右と左に同時に早期の乳がんが見つかった。手術や放射線治療を経て、ホルモン治療を続けている。以前はドラマの登場人物ががんだと、「この人は死ぬな」と思い、健康という「日常」、がんという「非日常」があるイメージだった。がんを公表後にいろいろな人から話を聞き、がんの人も治療しながら日常を生きていると思うようになった。「がんは決して『死亡フラグ』じゃない」といろいろな講演で話している。

 関原 銀行に勤めていた39歳の時、大腸がんにかかり、6回の手術を受けた。仕事を続けられたのは会社に病状を正確に伝えた上で働き続けたいと要望し、会社も理解してくれて、ほかの人と同じように仕事を与えてくれたから。患者の雇用継続などを企業に求める改正がん対策基本法は画期的ですが、具体策がなければ絵に描いた餅になると危惧している。

 ――患者が働き続けるため、企業にはどんな制度が必要か。

 武田 患者によって要望は様々で、すべてを制度でカバーできるかは疑問。まずは必要最低限が制度として整っていればよい。それに加え、仕事の進め方など各職場ならではの「運用」、職場の同僚らの気遣いである「配慮」の三つがきちんと機能しているかが重要。

 あと、がんにかかった人がそれを会社に言えるかどうか。時には評価者である人事部門や直属の上司に最も話しづらく、言うと不利だと思う人も多い。労働組合などほかに健康面を相談できる窓口があるかを確認するとよい。

 ――医師の立場から、企業に求めることは。

 岩田 今は治療も進み、2泊3日の内視鏡手術で治る例もあり、少し休んで治療を受けて普通に働き続けることも可能。そんな人ががんであると伝える必要があるのかを企業側にも考えてほしい。

 武田 必ずしも伝える必要はない。患者向けの就労支援活動でも多く受ける質問で、再就職や復職、告知を受けた時など様々な場面ですごく悩まれている。「周囲の方たちの配慮がほしければ、伝えた方がよいことが多い」と答えている。相手側の納得で引き出せる配慮もあるが、その時も「持病がある」などと必ずしもがんという必要はない。

 ――がんと就労は雇用のあり方など幅広い視点でとらえないと解決できない。

 麻木 昨年は子育て世代の苦しさが注目されたが、どう危機意識を共有していくか。病気の人にとって働きやすいのは、みんなにとってありがたいということをどう広げていくのかが大事で、今日もそういう大切な機会と考えている。

 関原 日本では新しい仕事に就くため、能力や技術を磨ける再教育の場があまりない。欧米と異なり、終身雇用が当たり前だったから。国や自治体が再教育の機会を作る必要がある。

 ――最後に会場の皆さんにメッセージを。

 岩田 がんと診断された時、慌てて辞めないでほしい。慌てて何かしないとダメだと思う人が非常に多いが、実はほかの病気と比べて、がんは少し考える余裕がある。治療を始める際も一呼吸置いて余裕をもって決めてもらいたい。

 麻木 がんになるのも日常だという声を上げていけばいい。人類はがんを克服したわけではなく、治療に耐えた末に残念な結果が出ることもあるが、治る人も多くいることをもっとみんなに知ってほしい。

 武田 人事制度などは、企業が社員をどう思っているかを示すよい機会で、採用にも活用できる。人材難の企業には大きな武器になるというぐらいに考えてほしい。

 関原 結局は一人ひとりが生き抜く力を身につけないといけない。人生はいつまで経っても勉強で、自分で考え、自分で行動できる人たちを作っていくことが様々な問題への対応力の強化になると思う。

<アピタル:わたしも言いたい!・医療>

http://www.asahi.com/apital/forum/iitai/(及川綾子、西尾邦明、川村剛志、熊井洋美、角野貴之(写真))